参考論文
Villas-Boas, J. M. (2009) “Product Variety and Endogenous Pricing with Evaluation Costs,” Management Science, 55(8), pp. 1338–1346.
はじめに
現代の消費環境では、同一商品群内でも、ECサイトや実店舗の棚に膨大な数の品目が並び、消費者は情報処理コストに直面しています。本稿では、消費者が「商品を比較・評価するコスト」を払う前提の下で、企業がいかに「品揃えの幅」と「価格」を戦略的に設計すべきかを考察します。
一般的には、顧客の様々なニーズに対応するために幅広いラインナップを揃えることが利益増大につながるとされています。しかし、Villas-Boas(2009)という論文は、評価コストが存在する場合、展開する商品数を多くしてしまうと、企業側が各商品に高価格を設定すると消費者が予想し、最初の段階で購入検討されなくなってしまうということを理論的に説明しました。同論文は、この評価コストが高くなるほど、最適な商品ラインナップの数は減っていくということを示しています。
製品ラインナップ数と、設定価格
ある商品群について、1つの企業が実質的に独占的に供給している状況を考えます。製品ラインナップの数を増やすことで、より様々な消費者の好み(水平的な好み)に対応できるとします。この時、ラインナップの数に対応した企業の最適な価格設定はどのようになるでしょうか。
ラインナップの数が少ないほど、「どの商品を見ても自身の好みとは離れている」ような消費者が多いことになります。企業としては、そのような消費者も取り込むことで利益を大きくできるため、各商品の価格を引き下げるようになります。
一方で、ラインナップの数が多いほど、「探せば自身の好みをある程度満たしてくれる商品が見つかる」ような消費者がほとんどになります。つまり、企業は各商品の値段をそこまで下げなくても、多くの消費者を顧客として取り込むことができるのです。
まとめると、ラインナップの数が少ないほど、各商品の価格が低くし、ラインナップの数が多いほど高くするのが、企業の最適価格設定になります。
品揃えの逆説:なぜ「多いほうが良い」は必ずしも真ではないのか
重要なのは、このような企業の価格設定を消費者も予想するという点です。
以下のような状況を考えます。消費者は品揃え数 n を見て「検索(評価)コスト k を払う価値があるか」を判断し、期待される消費者余剰がコストを上回る場合のみ検索(評価)に着手します。検索(評価)コストを払うまで、具体的にどのような商品がありどの商品が自身の好みに合っているかを把握することができないという前提です。
n が大きいと、どの消費者も「自身の理想点に近い商品」が存在すると予想しますが、その分企業が高価格を設定してくることを予想するため、検索→購入の一連の購買プロセスから得られる期待余剰が小さくなります。商品を購入することから得られる余剰の期待値が、検索(評価)コストよりも小さくなってしまうと、消費者は検索に踏み切らなくなり売上が減ってしまうのです。
反対に、商品数nが小さいと、企業は価格を低く設定してくると予想するため、購入による期待余剰が増えるため、検索に踏み切る消費者が多くなるため利益が大きくなります。
このような理屈から、Villas-Boas(2009)の論文は、検索(評価)コストが大きいほど、最適なラインナップ数nは小さくなるということを示しました。
戦略的示唆
消費者が自身の好みの商品を探し評価するのに、手間やコストがかかるような場合には、品揃えを絞るほうが消費者を呼び込める可能性があります。品揃えが多いことが消費者に伝わると、商品に高い価格が付けられることを予想し、検討に踏み切ってくれなくなる可能性があるからです。
実際の消費者が果たしてこれほど合理的に意思決定しているかは別として、品揃えを増やすほど売上が増えるという常識に一石を投じたVillas-Boas, J. M. (2009)の論文は、実務の商品設計において有意義な文献と言えます。
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