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クーポンは価格差別の手段に:支払意思額に応じて価格を変える手法


はじめに

すべての消費者が同じ価格で同じ商品を買っているように見える市場でも、消費者の支払意思額には大きなばらつきがあります。たとえば、ある人は5,000円払ってもその商品を欲しいと思い、別の人は3,000円以上なら買わないと判断するかもしれません。

企業の理想は、支払意思額が高い人からは高い価格で、低い人からは低い価格で売ることです。これにより、すべての消費者から「最大限の売上と利益」を得ることが可能になります。

しかし、実際に一人ひとりの支払意思額を知るのは不可能ですし、顧客ごとに価格を変えることは、反発や不公平感を生む恐れがあります。そこで登場するのが「自己選別型価格差別」と呼ばれるアプローチです。この記事では、クーポンを活用した自己選択メカニズムを紹介します。


クーポンによる「自己選択」

クーポンは、一見ただの割引手段のように見えますが、実際は消費者に「自分で価格を選ばせる」仕組みを提供しています。これが自己選別型価格差別の本質です。重要な仮定は、商品に対する支払意思額の高い人(所得の高い人)ほど、クーポンをわざわざ使うという手間を金銭換算したときのコストが大きいということです。

たとえば、ある商品を定価で販売しつつ、ウェブサイトやメールで限定クーポンを発行したとします。価格に敏感な人はそのクーポンを探して使いますが、時間や手間を惜しむ支払意思額の高い人はクーポンを使わずに定価で購入します。このようにして企業は、支払意思額の高い人からは高値で、低い人には割引価格で販売することができるのです。

つまり、消費者の行動が、その人の支払意思額を間接的に表す指標となり、それに応じた価格で商品を提供できるというのが、クーポンを用いた価格差別の戦略的価値です。


数値例

あるレストランの価格を例に考えます。単純化のために、限界生産コストは0とします。あるメニューに対し、支払意思額の高い人(タイプHと呼びます)は1500円まで払ってもよいと考え、支払意思額の低い人(タイプLと呼びます)は1000円まで払ってもよいと考えているとします。この二種類の顧客の構成はそれぞれ100人とします。

仮に、クーポン制を活用せずに一律価格を付けるとき、1000円の価格を付けることで売上を最大化でき、その売上は20万です。

次に、クーポン制を導入した場合を考えます。支払意思額の高い人は、クーポンを利用する手間について金銭換算すると、100円のコストを感じ、支払意思額の低い人はそれが30円とします。 分かりやすく言うならば、高所得者の方が時間価値が高いという話と対応しています。

この時、クーポンを使ったら970円、クーポンを使わない場合の定価は1069円という料金設定をするとしましょう。これにより、タイプLの消費者はクーポンを使い970円で購入するようになります。一方のタイプHの消費者は、クーポンを使った場合、1500-100-970=430の余剰があり、クーポンを使わなかった場合、1500-1069=431の余剰が発生することになるので、クーポンを使わず定価の1069円で購入するようになります。これによる企業の売上は、970×100+1069×100=203900になります。

クーポンを使うことのコストの非対称性により、このように支払意思額の高い人と低い人を分離して、それぞれから違う額の代金を引き出すことができます。このような価格差別により、利益を大きくすることができるのです。


クーポンが選ばれる理由

  • 自然な差別化:価格差別が表面化しにくく、消費者にとっても納得感がある
  • ブランドイメージを保てる:表向きの定価はそのままなので、高級感や価値の印象を損なわない
  • ターゲティングが可能:新規顧客、離反顧客、特定の地域などに対し、個別に割引を提供できる
  • 顧客データの取得:クーポン取得時にメール登録などを通じて顧客情報も得られる

まとめ

企業は常に、顧客の支払意思額に応じて価格を変えることで、より多くの利益を得たいと考えています。しかし、個別に価格を提示するのは現実的ではありません。クーポンという仕組みは、その課題を見事に解決する自己選択の道具です。

クーポンを単なる販促手段としてではなく、「価格差別のための戦略的ツール」として活用することが、価格戦略において非常に重要な考え方と言えます。

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