参考論文
Chen, Y., & Rosenthal, R. W. (1996). Asking prices as commitment devices. International Economic Review, 37(1), 129-155.
はじめに
企業が価格を設定する際、単に高すぎず安すぎない値段を提示するだけでは十分とは限りません。商品やサービスの販売においては、顧客は購入検討や購入のために事前に大きな時間や費用を投資することがあります。そして価格を交渉によって決定するような場合、売り手が価格の上限を事前に明示しないと、顧客が「ホールドアップ問題」を恐れて市場参加を控えてしまう可能性があります。
ホールドアップ問題とは
ホールドアップ問題(Hold-up Problem)とは、一方の当事者(ここでは顧客)が先にコストを支払って投資を行った後に、もう一方の当事者(ここでは売り手)がその状況を利用して追加の利益を得ようとする問題です。たとえば、顧客が高額商品の購入を検討するために多額の検査コストを支払った後、売り手が顧客の投資分を「人質」として利用し、高値で交渉してくる可能性があります。売買契約交渉時には、検索コストはすでに埋没(サンクコスト化)してしまっているので、買い手の交渉力は弱くなってしまい、高値に吊り上げられても買わざるを得なくなります。このような売り手の機会主義的行動を事前に予測すると、買い手はそもそも検討や視察を行わなくなってしまいます。売り手としても、このようなホールドアップ問題により取引が成立しなくなってしまう状況は防がないといけません。
コミットメント装置としての売り出し価格
Chen & Rosenthal(1996)の理論は、この問題に対して明確な解決策を提示しています。それは、売り手があらかじめ「売り出し価格(asking price)」を上限価格として明示し、交渉においてそれ以上の価格は絶対に請求しないとコミットすることです。
このコミットメントによって顧客は、「視察・調査コストを払っても、その後に園額以上の価格を請求されることはない」と安心できます。その結果、顧客が実際に市場に参加し、検査コストを払ってでも購入検討を行う動機付けが生まれるのです。
つまり売り手としては、自身の交渉力をあえて弱めることで、買い手の市場参加を促すということです。
売り出し価格を提示しない場合のリスク
反対に、売り手がこの売り出し価格のコミットメントをしない場合、以下のような深刻な問題が起こります。
- 売り手が機会主義的に顧客の評価や関心を見て、後から価格をつり上げることが予想されます。
- 顧客が支払った検索コストはすでに埋没費用(サンクコスト)になっているため、価格が高騰しても購入に応じざるを得ません。
- この事態を買い手は最初から予想し、最初の段階で市場参加自体を避けてしまいます。その結果、市場には取引機会が生まれず、市場の萎縮につながってしまいます。
まとめ
売り出し価格を「価格上限」としてコミットメント装置として明示的に活用することは、顧客の不安を取り除き、ホールドアップ問題の発生を防止します。これにより、顧客の市場参加を促進し、売上を増やすことができます。企業は価格設定を単なる価格提示ではなく、「信頼を構築するためのコミットメント」として戦略的に位置付けるべきなのです。
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