参考論文
Wernerfelt, B. (1994). Selling formats for search goods. Marketing Science, 13(3), 298–309.
はじめに
現代のビジネスにおいて、「返品可能」や「満足保証」といった制度は、単なる顧客サービスの一環と見なされがちです。しかし、経済学の視点から見ると、これらは非常に本質的な役割を果たしています。それは、ホールドアップ問題の解消という経済理論に裏付けられた、取引の成立を促進する信頼構築の仕組みであると言えます。
ホールドアップ問題
顧客は、商品を購入する前に「これは自分に合うか?」を判断するためには、商品を見たり試したり、店舗に実際に訪れることが多いです。こうした行為には時間や労力、移動といった検査コスト(inspection cost)がかかります。
重要なのは、このような検査コストは、売買契約時には埋没してしまうということです。問題は、売買契約時には買い手がこのコストを負担してしまっているので、売り手にとって「価格を吊り上げる」ことが合理的になってしまい、それを買い手も予想するということです。買い手としては、検索コストを負担した後には、値を吊り上げられても買わざるを得ず、それを事前に予想する結果、最初から購入が検討しないということが起こりえます。
これがいわゆるホールドアップ問題であり、買い手は最初から検査行動を避けてしまい、結果として取引自体が成立しなくなるというリスクが生じます。このホールドアップ問題の存在により、企業は実際には価格を吊り上げる意思はなかったとしても、需要が縮小してしまい利益が小さくなってしまいます。
返品保証
こうした問題に対して有効な手段が、返品保証です。返品制度があることで、買い手は購入前に商品をチェックするのではなく、購入後に評価し、満足できなければ返品するという選択肢を持つことができます。
この仕組みによって、買い手は事前に検索コストを負担する必要がなくなります。
ホールドアップ問題が発生する理由は、コストのかかる検索活動が売買の前に行われることにより、売買契約時には検索コストが埋没してしまっている点にありました。売買契約時に検索コストが埋没していると、売り手は機会主義的な行動を取ることができ、それを買い手に予想されてしまいます。
返品保証を行い、顧客が検索や商品評価を購入後に行っても大丈夫なようにすることで、(検索を後回しにしても良いようにすることで)、ホールドアップ問題の発生を防ぐことができます。検索コストが埋没するのを防ぎ、企業側が機会主義的な行動をとれないようにすることで、理論的には企業も利益を改善できるのです。
返品にかかる送料や手間が小さければ、全体としては合理的で効率的な制度になるのです。
まとめ
返品制度は、単に「気に入らなければ返せる」という顧客サービスではなく、経済学的に見ても重要な販売手法です。
購入前の検査コストが将来の不利益につながるかもしれないという懸念、売り手が機会主義的行動を取ってくるかもしれないという懸念――いわゆる「ホールドアップ問題」は、取引そのものを妨げる要因になります。
返品保証はその不安を取り除き、顧客に安心して意思決定をさせる環境を整える役割を果たします。
この制度は、企業と顧客の間に信頼を築き、結果として取引の成立を後押しします。
つまり、返品制度とはコストではなく、信頼の設計であり、意思決定を支える仕組みでもあるのです。
顧客行動と市場設計の接点において、返品保証は戦略的に極めて有効な手段といえるでしょう。
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