参考論文
Liu, Z., Yildirim, P., & Zhang, Z. J. (2022). A theory of maximalist luxury. Journal of Economics & Management Strategy, 31(2), 284–323.
はじめに
ラグジュアリーブランドは、単に高級品を提供するだけの存在ではありません。ブランドが本質的に提供しているのは、「選ばれた者であることの証明」であり、社会の中での差異化の仕組み=分離均衡(Separating Equilibrium)です。つまり、ブランド品を持っているかいないかで、社会的地位の高さを識別できるからこそ、ブランド品には価値があるのです。
しかし近年、偽造品の流通や模倣の容易さにより、この均衡は揺らいでいます。では、ブランド企業はこの時代にどのように対応すべきなのでしょうか。その鍵となるのが、「マキシマリスト・ラグジュアリー戦略」です。
ブランド消費の目的
消費者がブランド品を身につける理由は、社会的ステータスのシグナリングです。つまり、社会的地位の高い人にしか身に付けられないからこそ、そのブランド品を購入し身に付けることには価値があります。ブランド品を持っているかいないかで、社会的地位の高さを識別できるからこそ、ブランド品には価値があるのです。
重要なのは、ブランド品は単に「目立つための道具」ではなく、「自分が他人とは違う存在だと識別されるための手段」だという点です。つまり、模倣が可能になってしまえば、ブランドの持つ差別化機能=価値は大きく損なわれてしまいます。
偽造品は差別化の均衡を崩す
偽造品が市場に出回り本物と偽物の区別がつきにくくなると、ブランド品を持っているか否かを見ることで「誰が本当にステータスを持っているのか」を識別することができなくなってしまうのです。これが「混合均衡(pooling equilibrium)」の状態です。
特に単品アイテム(バッグや時計など)は、見た目の模倣が容易なため、単体ではもはやステータスシンボルとしての力を失いつつあります。つまり、本物のブランドを身に付けていたとしても、それが他人から本物だと識別されないようなら、社会的地位の高さをシグナリングするという目的を達成できなくなるので、ブランド品の需要は落ちてしまいます。ブランド企業はこの問題を対処する必要があります。
マキシマリスト戦略が新たな分離均衡を作る
この問題に対して、論文が提唱しているのが「マキシマリスト・ラグジュアリー戦略」です。
これは、一つのブランドの製品ラインを幅広くそろえる「ポートフォリオ的消費」によって、模倣を困難にし、再び分離均衡を構築するというアプローチです。
たとえば、プラダのバッグだけでなく、ジャケット、靴、香水、スマホケースといった全身を一貫してブランドで統一することで、単品の模倣では決して実現できない「本物らしさ」を演出します。論文では、「偽造品が存在する市場においては、ブランドは製品ラインを十分に長く保つべきである」と主張されています。
これは、次のような理由によるものです。
・偽造業者にとって、多種類の商品を高精度で模倣することはコスト・リスクともに大きく、実現可能性が低い。
・結果として、ブランドを全身で再現する「ポートフォリオ的消費」は、偽造品の所有者には模倣できないステータスシグナルとして機能する。
つまり、偽物を買う人は、偽造品製造者が長いポートフォリオ生産を行えない以上、そのような長いポートフォリオを身に付けることはできません。そのため、ブランド品の長いポートフォリオを付けているかつけていないかで、「社会的地位の高い人」と「社会的地位の低い人」を識別することができるようになるのです。
ブランド企業としては、顧客に対し、自社の長い商品ポートフォリオを購入することで、偽造品を買っている人とは一線を画すことができる、と訴求することで、需要を取り戻すと同時に、ポートフォリオを購入させることで利益を大きくできる可能性があります。
まとめ
ブランドの価値とは、価格や性能にあるのではなく、「他人と自分を明確に隔てる差異を演出できるか」にあります。
マキシマリスト・ラグジュアリー戦略は、その差異を守るための有力な方法です。模倣されないライフスタイル、模倣できない体験を提供することこそが、これからのブランド企業にとって最も重要な戦略となるでしょう。
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