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価格差別の経済的な正当性と競争政策への再考

参考論文

Tyagi, R. K. (2001). “Why Do Suppliers Charge Larger Buyers Lower Prices?”, The Journal of Industrial Economics, 49(1), pp. 45–61.


はじめに

買い手によって価格を変える価格差別は、不公平な取引として独占禁止法で規制されています。ですが、市場競争の促進や消費者利益の向上につながる可能性もあります。本稿では、供給者が大規模なバイヤーに低価格を提示することによって、下流企業間の暗黙の共謀を抑制し、結果として競争が活性化するメカニズムについて、Rajeev K. Tyagi(2001)の理論モデルをもとに検討します。また、価格差別を一律に禁止する法制度が持つ限界や逆効果についても論じます。


価格差別

価格差別とは、供給者が同じ商品を異なる取引先に対して異なる価格で提供することを指します。このような行為は、公平性を欠くものとみなされ、競争法上問題視されることが少なくありません。アメリカのロビンソン・パットマン法をはじめ、多くの国で何らかの制限が設けられております。

しかしながら、価格差別が必ずしも反競争的であるとは限らず、むしろ市場競争を促進し、消費者にとって望ましい結果をもたらす場合もあります。本稿では、Tyagi(2001)の理論を踏まえ、供給者による戦略的な価格差別が下流市場に与える影響について考察します。


従来の説明とその限界

これまで、供給者が大口のバイヤーに対して低価格を設定する理由として、次のような説明が主に用いられてきました。

  •  
  • ・大量発注によるコスト削減(規模の経済)
  • ・顧客の獲得競争
  • ・大規模バイヤーの交渉力の高さ

これらの説明はいずれも、供給者に競争が存在し、バイヤーが他の供給者に乗り換え可能であることを前提としています。しかし、供給者が独占的な地位にある場合や、市場に参入障壁がある場合には、こうした説明では不十分です。


新たな視点

Tyagi(2001)は、供給者が大規模なバイヤーに有利な価格を設定することが、製造業者間の「暗黙の共謀」を困難にし、結果として市場の競争を活性化させるという新たな理論を提示しました。

3.1 モデルの概要

このモデルでは、以下のような前提が設定されています。

  • 供給者は1社のみであり、規模の経済は存在しない
  • 製造業者は2社で、出力市場において繰り返し競争を行う
  • 製造業者には生産コストの差がある
  • 共謀的行動が理論上成立しうる環境である

3.2 差別価格の効果

供給者が大規模なバイヤーに対して低価格を設定することで、製造業者の規模とコスト効率に差が生まれます。このコスト効率の差は、シェアの差を生みますが、このシェアの差が価格共謀の維持を難しくします。シェアの小さい企業にとって、共謀を維持することによる利益よりも、一時的に逸脱することによる利益の方が大きくなるからです。これにより、川下市場で価格競争が起きやすくなるんです。川下市場での価格競争は、言うまでもなく消費者の利益を大きくします。


法制度との関係と検討

このような理論に照らすと、価格差別を一律に禁止する法制度には以下のような課題が存在すると考えられます。

  • ・暗黙の共謀を助長し、価格競争が抑制される可能性
  • ・効率的な企業の市場拡大が妨げられ、生産効率が損なわれる
  • ・結果として、消費者の利益が低下するおそれ

すなわち、価格差別を形式的に制限することが、かえって実質的な競争を弱めるという逆効果をもたらすこともあるのです。


まとめ

本稿では、供給者による価格差別が、戦略的に用いられた場合には市場の競争を促進し、消費者にとっても望ましい結果を生み出す可能性があることを示しました。

競争政策を考えるうえでは、「形式的な平等性」だけでなく、「実質的な競争性」にも注目する必要があります。価格差別の禁止が本当に消費者の利益にかなうのかを、より丁寧に、実証的に検討する姿勢が求められます。

法務上この理論は、比較衡量の際の価格差別を正当化するための試金石になるかもしれません。

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