はじめに
複数のサプライヤーがそれぞれ合理的に判断して長期契約を結んだ結果、市場から新規バイヤーの参入余地が消滅する。このような現象は、戦略的に“合理的”な行動の集合が、非効率な結果を招く典型的なミスコーディネーション(協調の失敗)です。
そしてサプライヤーにとって、川下市場において新規参入がなく、既存企業の独占状態が続くと、市場が大きくならず損をする場合があります。
本稿では、サプライヤー間の戦略的不一致が、新しいバイヤーとの関係構築をいかに妨げているか。そして、それが結果的にサプライヤー自身にとっても損失となっている構造を、ゲーム理論的観点から読み解いていきます。
サプライヤーはなぜ長期契約に走るのか?
以下のようなコーディネーション問題を考えます。
既存企業は、各サプライヤーに対し、長期契約を提示し、結ぶか結ばないかを選択させるとします。もし長期契約をする場合には、長期契約をしない場合と比べて少しだけ(t円だけ)高く仕入れると提示します。新規参入者は、どれくらいのサプライヤーが企業と長期契約を結んだかを把握してから、参入するか決めるとします。既存企業と長期契約を結んでいる分の部品は新規参入企業は仕入れることができません。そして、長期契約が結ばれた分の部品数が一定数以上だと、(部品生産能力に上限があるという仮定から)採算が取れないため参入は行われなくなります。
ここでサプライヤーとしては、以下のジレンマに直面します。
①自分が長期契約を結んだ場合、より高く仕入れてくれる参入者がもし将来参入してきた時にそこから購入できないという機会損失が発生する。
②長期契約を結ばなかった場合、もし将来参入が起きなかった時、(t円)分損をするという機会損失が発生する
この時、各サプライヤーは以下のようなコーディネーション問題に直面することになります。
すなわち、他のサプライヤーの多くが長期契約を結んだ場合、川下市場で新規参入が起きないため、自分も長期契約を結ぶのが合理的になる一方で、他の売り手の多くが長期契約を結ばなかった場合、新規参入が起きるため自分も長期契約を結ばないことが合理的になる、というコーディネーションゲームです。
サプライヤー全体にとって、もし皆が供給の一部を非排他的に開放し、新規バイヤーに販売機会を提供すれば、新しい販路が開かれ、市場の多様化・将来的な収益機会が生まれます。つまり、「皆で待つ」ことが最も望ましい均衡です。
しかし、もし他のサプライヤーが長期・排他的契約で市場を埋めてしまう場合、新規バイヤーは十分な商材を確保できず、参入自体が成立しません。自分だけが契約を控えても意味がなく、むしろリスクを負うだけになります。したがって、他のサプライヤーが既存バイヤーと長期契約を結ぶと各々のサプライヤーが予想する場合、皆が「長期契約を結ぶ」均衡が成立してしまうのです。
ここで生じているのは、「他者の行動に依存する選択肢」ゆえに、望ましい結果に到達できない戦略的不整合=ミスコーディネーションです。
結果として何が起きるか?
すべてのサプライヤーが“合理的に”長期契約を選択した結果、市場は既存バイヤーによって占有され、新規バイヤーが入る余地が完全に失われます。仮に新規バイヤーが魅力的なビジネスモデルや販路を持っていたとしても、商品ラインナップを揃えられず、参入そのものが消滅します。
サプライヤー自身も、新しい収益源や競争環境の多様化、バイヤー間の交渉バランスといった中長期的なメリットを、知らず知らずのうちに失っているのです。
協調の失敗を回避するには
サプライヤー間の分断がこのようなミスコーディネーションの原因なので、この分断の構造を無くすような取り組みを行うのが重要です。サプライヤー間で「一斉に市場を開く」という戦略的協調の意思が必要です。もちろん明示的に連携を取ることは困難な場合もありますが、例えば次のような仕組みが導入可能です。
供給の一部をあえて短期契約や非排他的契約として残すこと。新規バイヤー向けの試験供給枠を設けること。業界ガイドラインとして「一定比率の開放供給」を奨励すること。また、自分が新しいバイヤーへの販売に興味があるということをそれぞれが社外にアナウンスするなども効果的でしょう。
また、新規バイヤーの動向に関する情報を業界全体で共有し、「今が開くべきタイミングか」を見極めるインフラを整えることも、非対称な情報を埋めるための現実的な手段です。
結論:合理性が集まると、非合理な結果が生まれることがある
サプライヤーのミスコーディネーションは、「誰も間違っていないのに、皆が損をする」という典型的な構造を持ちます。自社だけが契約を控えても意味がなく、皆が控えれば全員が得をする。
このジレンマを解消するには、各社が“他社の行動を読む”ことを前提とせずに行動できる制度的補助や、一定の市場開放ルールが必要です。
新規バイヤーの参入を可能にすることは、最終的にはサプライヤー自身にとっての競争力維持にもつながります。協調なき市場では、成長機会そのものが消えていく。だからこそ、合理性に隠れたミスコーディネーションの罠に気づき、その構造に戦略的に向き合うことが、いま求められているのです。
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