株式会社エコノミクス&ストラテジー

サプライヤーによる価格差別

参考論文

Tyagi, R. K. (2001). Why do suppliers charge larger buyers lower prices? Journal of Political Economy, 109(3), 561–585


はじめに

サプライヤーにとって、川下(最終財)市場の価格競争はどのような影響をもたらすでしょうか。一つの重要な観点は川下市場での価格競争は川下企業の利益を圧迫し、そのしわ寄せがサプライヤーに来る恐れがあるということです。つまり、サプライヤーに対する価格引き下げ圧力が強まる作用が発生します。

しかし、もしサプライヤーが川下企業に対して強い交渉力を持っている場合はどうでしょうか? 例えば、その部品をほかの市場に対しても仕入れているという場合です。

この時、最終財市場での価格競争は市場全体の需要を拡大させ、それに伴いサプライヤーの出荷量・売上も増えるという作用が相対的に強くなります。Tyagi, R. K. (2001). という論文は、サプライヤーが川下市場での価格共謀を崩すことによって、市場を拡大し売上を増やす戦略を提示しています。川下市場で価格共謀が行われると、市場が小さくなる作用があるからです。 この記事では、Tyagi, R. K. (2001)という論文に従い、サプライヤーが、川下企業に提示する部品価格を企業ごとに変えることで、川下市場の価格共謀を崩す戦略を提示します。


サプライヤーによる価格差別

企業間取引において、大手のバイヤーが仕入れ価格で優遇されることは珍しくありません。これまで、この現象は「規模の経済」や「バイヤーの交渉力」によって説明されることが一般的でした。しかし、Rajeev K. Tyagi(2001)の論文「Why Do Suppliers Charge Larger Buyers Lower Prices?」では、これを供給側の戦略的な価格設定として捉え直しています。すなわち、サプライヤーは意図的に価格差別を用いて、バイヤー間の協調(=共謀)を崩す戦略をとっているという主張です。


サプライヤーの戦略

この論文は、バイヤーが最終製品市場において競合しているという前提からスタートします。そして、これらのバイヤーが共謀(tacit collusion)によって利潤の最大化を目指すと、販売数が少なくなり、サプライヤーにとっては販売量の減少につながるため、利益が損なわれることになります。

ここで、サプライヤーは、川下市場での価格共謀を崩すための一つの戦略的手段を持っています。それが「価格差別」です。簡単に言うと、価格差別を通じて、川下市場でのシェアの非対称性を大きくすることで、価格共謀を崩すという戦略です。具体的には、部品価格について

  • より効率的な(=大手の)バイヤーには低価格を提示し、
  • 効率の低いバイヤーには高価格を設定することで、

両者の限界費用に差をつけ、シェアの差を大きくし、共謀を不安定にすることができるのです。価格差によって生まれたコスト構造の違いは、シェアの差を大きくし共謀による利益配分の不均衡を招きます。結果として、効率の悪い企業は、シェアを小さくするため「共謀に参加しても儲からない」と感じ、先に逸脱するインセンティブが高まるのです。


メカニズム

この論文のモデルは、繰り返しゲームのフレームワークに基づいています。共謀を持続させるためには、各企業が将来の利益をどれだけ重視するか(=割引率)が一定以上である必要があります。

重要な前提として、価格共謀時には、企業間のシェアの非対称性が大きくなるほど共謀は崩れやすくなります。シェアが小さい企業にとっては、将来にわたって共謀を維持する利益と、共謀から逸脱して一時的にシェアを増やす利益を天秤にかけた時、後者の方が大きくなるからです。

そして価格共謀時の企業間のシェアを決める要因の一つは、生産コストです。一般的に生産コストの小さい企業はシェアを大きくでき、コストの大きい企業はシェアを小さくします。

つまりサプライヤーは、生産効率の良い企業には部品を安く売ることでより生産コストを下げさせ、生産効率の悪い企業には部品を高く売ることでより生産コストを上げることによって、川下市場でのシェアの非対称性を大きくします。これにより、シェアの低くなった企業の、価格共謀から逸脱するインセンティブを強くし、川下市場で価格競争を発生させることで、市場を大きくし、サプライヤーの部品需要を増やすという戦略です。

この構造は、まさに競争環境を操作するサプライヤーの戦略的介入と言えるでしょう。


価格差別は悪なのか?

本論文が重要なのは、「価格差別=不公正」という一般的な理解に再考を促している点です。米国にはロビンソン=パットマン法(Robinson-Patman Act)など、価格差別を規制する法律がありますが、この論文は、サプライヤーによる価格差別によってむしろ川下市場での競争が促進され、消費者に利益がもたらされる場合もあると論じています。この観点は、価格差別を正当化する上での法務上の武器となりえます。

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