株式会社エコノミクス&ストラテジー

パックマン戦略による第一級価格差別

参考論文

Bagnoli, M., Salant, S. W., & Swierzbinski, J. E. (1989). Durable-goods monopoly with discrete demand. Journal of Political Economy, 97(6), 1459–1478.

von der Fehr, N.-H. M., & Kühn, K.-U. (1995). Coase versus Pacman: Who eats whom in the durable-goods monopoly? Journal of Political Economy, 103(4), 785–812.


はじめに

耐久財市場における価格戦略は、経済学において重要な研究分野の一つです。企業は可能なことなら、全員の顧客から、それぞれギリギリ払える額引き出しすことで利益を最大化できます。具体的には、例えばある商品に対して1万円まで出していいという人には1万円を提示し、5000円まで出していいという人には5000円を提示するというような形で、第一級価格差別(完全価格差別)を行うことで利益を最大化できます。
その中で、Bagnoli, M., Salant, S. W., & Swierzbinski, J. E. (1989)という論文が紹介した「Pacman戦略」は、消費者の支払意思額(WTP: willingness to pay)を活用し、完全価格差別に近い結果を生み出す戦略です。特に、売り手である企業の時間割引率が小さい時、理論的には顧客のすべての余剰に近い利益を得ることができます。このPacman戦略は、顧客が購入を遅らせることにより損をするという構造を、利用した戦略です。

この戦略は、理論上は個別の消費者のWTPが完全にわかっているという現実離れした状況を前提としますが、本稿ではその本質を再解釈し、現実のように情報が不完全な状況でも“完全価格差別に近い成果”を実現するための戦略的手法を提案します。ここでは、顧客が一人一個ずつ買い、基本的に再購入の必要がない、ゲーム機などの耐久財を想定します。


Pacman戦略とは

Pacman戦略は、耐久財を販売する独占的な売り手が、消費者の支払意思額に基づいて一人ずつ順番に販売を行う戦略です。

このとき、売り手は以下のようなプロセスで価格を設定します。

  1. ①消費者のWTPを正確に把握している
  2. ②最もWTPが高い消費者に向けて、そのWTPぴったりの価格を提示する
  3. ③その消費者が購入するまで価格を維持することをコミットメントする。
  4. ④購入があった後、次にWTPが高い消費者に向けて価格をやや下げて再提示する
  5. ⑤この手順を繰り返し、すべての消費者に販売を完了する

このような販売方法を取ることで、売り手はすべての消費者から最大限の支払いを引き出し、消費者余剰を完全に取り込むことが可能になります。
この構造が、まるで「パックマン」が一人ずつ消費者を食べていくように見えることから、Pacman戦略と呼ばれています。


Pacman戦略がなぜ機能するのか

Pacman戦略が成立する理由は、消費者は「自分が買わなければ価格は下がらない」と理解していることです。Pacman戦略では、売り手が価格を下げるのは購入があったときだけであり、誰も買わない限り価格が変化することはありません。

このルールを前提にすると、消費者は提示された価格を見て、
それが自分のWTP以下であれば「今買うのが合理的である」と判断します。
なぜなら、企業がパックマン戦略を取る限り、消費者にとって自分が買わなければ価格は下がることはないという状況が成立し、購入を先延ばしにするのが損になるからです。消費者は将来の効用を割り引いて考えるため、待った結果価格が下がらなかった場合、そんなことなら待たずに前に買っておくべきだったと感じるでしょう。このことを先読みして、消費者は自身のWTP以下の価格が提示されたら即座に購入するようになるのです。売り手は、売れたら価格を下げるということを繰り返すことで、すべての消費者のすべての余剰を取りきることができます。顧客は購入を遅らせるとその分効用が小さくなる、という時間割引の構造を利用した戦略です。

売り手よりも、買い手の方が時間について忍耐弱い(目先の利益をより重視する)傾向にあるとき、この戦略は有効です。例えば新発売のゲーム機などは、顧客が今すぐプレイすることをより重視するような商材なので、この戦略に適しています。

※もし買い手よりも売り手の方が目先の利益を重視する傾向にあるときは、コースの仮説が成立してしまい、理論上は価格は限界費用まで下がってしまいます。


情報が不完全でもPacmanに近づく方法

現実の市場では、売り手が消費者の個々人のWTPを完全に知ることは困難です。
しかし、Pacman戦略の構造を模倣することで、完全価格差別に近い成果を得ることは可能です。

以下は、効果的な現実的戦略です。消費者の支払い意思額の分布を知っていればこのような戦略を取ることが可能です。

それは、段階的価格 × 限定販売(完売で価格移行)という戦略です。

価格を段階的に設定し、各価格帯で販売数を限定する方法です。
たとえば、30万円でX台を販売し、完売したら29万円に下げるというような方式です。売り手は、X台売れなかったら、30万円のまま価格を下げないことにコミットメントします。

このとき、支払意思額が30万円より高い売り手は、「今の価格でX台が売切れなかったら価格は下がらない」と予想します。値下げが起きるのを待ったとしても、もしX台売切れなかったら価格は下がらず、待つことで損をすることになります。このことを予想して、支払意思額が30万円よりも高い人は30万円で購入するようになるのです。
30万円でX台売り切ったら、同じことを29万円でも行います。それで一定数売切れたら次は28万円・・・ というように売っていくことで、消費者の余剰を取りきることができます。重要なのは、ある価格で一定数売れない限り、価格を下げないということに売り手がコミットメントすることです。待って購入を先延ばしにしても価格は下がらないかもしれない、という心配を消費者に持たせることで、自身の支払意思額以下の価格が提示されたら即座に購入するよう消費者を促すことができます。そして、消費者余剰の多くを利益にすることができるのです。


まとめ

Pacman戦略は、顧客が購入を遅らせることにより損をするという構造を、利用した戦略です。売り手よりも、買い手の方が時間について忍耐弱い(目先の利益をより重視する)傾向にあるとき、この戦略は有効です。「自分が購入しない限り値段は下がらないのだから、値下げされるまで購入を待っても損をするだけだ」と各消費者に予想させることで、自身の支払意思額以下の価格が提示されたら即座に購入するよう消費者を促すことができます。そして、買われたら価格を下げるということをして段々と価格を下げることで、すべての消費者余剰を取り込むことができるのです。

重要なのは、消費者の合理的行動を見越し、「買うべきタイミングは今だ」と思わせる仕組みを設計することです。Pacman戦略は、顧客が購入を遅らせることにより損をするという構造を、利用した戦略です。
理論と実務の橋渡しとして、Pacman戦略の考え方は、現代の価格戦略にも多くの示唆を与えてくれるはずです。

重要なのは、売り手よりも、買い手の方が時間について忍耐弱い(目先の利益をより重視する)傾向にあるとき、この戦略は有効だということです。

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