価格競争を和らげるためには、競合他社の値下げ意欲を下げることが重要です。値下げ意欲を下げる手段の一つに、競合他社の限界生産コストを高くする、というものがあります。生産コストを高くしてマージンを小さくすれば、値下げして販売量を増やすことで得られる利益も小さくなるので、値下げ意欲が弱くなるのです。競合他社の生産コストを高める戦略は、Salop, S. C., & Scheffman, D. T. (1983)などの論文で扱われています。そのひとつが、「部品供給企業に自社株を保有させることによって、競合のコスト構造に間接的な圧力をかける」というアプローチです。
この戦略の骨子は次の通りです。
自社(以下、A社)が、部品を供給するサプライヤー企業(C社)に対して自社株を買ってもらいます。これにより、C社はA社の利益を自己の利益と連動して考えるようになり、A社に対しては有利な価格で部品を供給する傾向が強まります。
ここでの注目点は、A社の競合(以下、B社)の仕入れ価格が相対的に上昇する可能性があることです。C社がA社に有利な価格設定を行えば、B社は同じ部品をより高い価格で購入せざるを得ず、製品のコスト構造が不利になります。
生産コストを高くしてマージンを小さくすれば、値下げして販売量を増やすことで得られる利益も小さくなるので、値下げ意欲が弱くなるのです。B社は価格を大胆に引き下げる余地が小さくなり、価格競争に踏み込むインセンティブが弱まります。この状況を作り出すことで、A社はB社からの価格攻勢を抑止することができます。
つまりこの手法は、競合の値下げ行動を事前に抑制することで、市場全体の価格競争を和らげ、A社にとって有利な競争環境を構築することを狙ったものです。価格競争が激しくなると利幅が縮小し、消耗戦に陥るリスクが高まります。あえて競争の条件に介入することで、自社の利益水準を維持しつつ競合の動きを封じる――こうした構造的アプローチは、近年の戦略論でも関心を集めています。
ただし、このような戦略は独占禁止法や競争法上の問題と隣り合わせでもあります。供給企業による価格差別が、正当な理由を欠いて行われる場合、公正な競争を阻害するとして規制当局の調査対象となる可能性もあるため、慎重な設計が求められます。部品会社に自社株を買ってもらい、競合他社の生産コストがわずかでも上がるよう促すことで、競合他社の値下げインセンティブを弱くするのです。
競争そのものを設計し直すという発想は、製品や販促では到達できない次元の優位性を生み出す可能性があります。企業間の駆け引きがより複雑化する中で、こうした“見えにくい競争戦略”は、今後さらに注目されるテーマとなりそうです。
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