参考論文
Bonatti, A., & Cisternas, G. (2020). Consumer scores and price discrimination. American Economic Review, 110(1), 88–119.
はじめに
顧客ごとに異なる支払意思を把握し、それに応じて価格を変える「価格差別」は、企業にとって非常に強力な戦略です。購買履歴をスコアにまとめ、支払意欲が高いことが分かっている顧客には高い価格を、支払意欲が低いことが分かっている顧客には低い価格を提示することによって、利益を大きくすることができそうです。
ですが、戦略的な消費者はこのことを予想し、現在期に購入を買い控え、自身の支払意思額が低いと売り手に誤解させることによって、将来低い価格で購入しようとする意欲が出てきます。このようなラチェット効果の存在により、企業は価格を下げなくてはいけなくなります。
この記事では、以上のようなラチェット効果をどのようにして緩和できるかについて、説明します。
消費者スコア制
近年、多くの企業が消費者スコアを活用して、商品やサービスの価格を消費者ごとに調整するようになっています。
たとえば、あるECサイトでは、過去の購買履歴をもとに、顧客一人ひとりに「スコア」が付けられています。このスコアは、その人がどれくらいの価格までなら買ってくれるかを企業が推測するための指標です。過去に高い価格で多く買っている場合、その消費者のスコアは高くなります。
- スコアが高い人には「この人は支払意思が高い」と判断し、高めの価格を提示
- スコアが低い人には「値引きしないと買わない」と判断し、割引価格を提示
このように、スコアを通じて企業は各消費者ごとに「どこまで値段を上げても買ってもらえるか」を見極め、異なる価格を提示することで利益を多いくしようとします。
ラチェット効果
しかし、スコアを使った価格差別は、必ずしも企業の思い通りにはいきません。消費者がその仕組みに気づいたとき、「ラチェット効果」と呼ばれる現象が起こるからです。
たとえば、ある顧客が「高い価格でたくさん買えばスコアが上がり、将来提示される価格が上がる」と気づいたとします。すると、その人は将来の価格上昇を避けるために、あえて今の購買を控えるようになります。現在期の購入を控えることで、スコアが低くなり、将来提示される価格も低くなるため、その時に購入しようと考えるのです。企業としては、買い控えをされてしまう以上低い価格を付けざるを得なくなると同時に、各消費者の支払意欲を判別することができなくなります。
つまり、消費者がスコアの仕組みを逆手に取って「将来安く買うためにあえて控えめに行動する」ようになることで、企業は正しい需要を学べなくなり、値下げせざるを得なくなってしまう。これがラチェット効果です。このラチェット効果により、企業は価格を下げざるを得なくなり、利益が縮小してしまいます。
ラチェット効果を緩和する手法
企業としては、このラチェット効果を緩和することが利益増大に繋がります。Bonatti & Cisternas(2020)の重要な発見は、スコア設計の工夫でラチェット効果を緩和できるという点です。
企業が用いる消費者スコアには「持続性(Persistence)」があります。つまり、スコア導出において「直近の購買履歴のみならず、どれだけ一昔前の購買履歴を重視するか」を決めるパラメータ φ です。
- φ が**小さい(=過去を重視)**と、消費者は「今の購買がスコアにすぐ響かず、近い将来に提示される価格が大幅に高くなることはない」と判断し、本音で行動しやすくなります。つまり、 ラチェット効果が弱まり、消費者は買い控えをしなくなるため、値下げしなくてもよくなると同時に、企業は正確に消費者の支払意欲を把握できることになります。
- 反対に、φ が**大きい(=直近重視)**と、消費者は「現在の購買で、高値で買ってしまったらすぐにスコアに反映され、近い将来すぐに提示される価格が上がる」と思い、戦略的に買い控えるようになります。つまり、ラチェット効果が強まり、支払意欲の把握が困難になります。
この論理により、スコア設定において、一昔前の過去の購入履歴を重視したスコア(φ を小さく)」を使ったほうが、そしてそれを消費者に伝えたほうが、企業利益は大きくなることが論文では示されています。
スコア設定の際に、直近だけでなく一昔前の購買活動を重視するようになると、消費者が買い控えをしないようになり、企業は全体として少し高めの価格を設定しても売れるようになります。つまり、ラチェット効果が弱まれば平均価格は自然と上昇します。
それと同時に、消費者が本音で行動してくれるようになり、企業は「この人は高くても買いそう」「この人は値下げが必要」といった情報をより正確につかめるようになります。その結果、人によって価格を大きく差別化できるようになります。消費者の本音(真の支払意思額)を引き出す仕組みづくりという点で、メカニズムデザインの一種ということができるでしょう。
この2つの効果、平均価格の上昇と価格分散の拡大 が、最終的に企業の利益を押し上げるのです。
まとめ
購入履歴に基づく価格差別は強力ですが、消費者が賢くなるほど逆効果にもなりえます。このラチェット効果による逆効果を緩和するためには
- スコア設計(φ)でそれを抑え
- 消費者の本音を引き出す環境を作る
ことが、企業が情報時代の価格戦略で成功するための鍵です。
購入履歴に基づくスコアごとに価格差別を行う場合、スコア設計では一昔前の購買履歴を重視するようにし、それを消費者にも伝える。これが、ラチェット効果を緩和するために重要な手段です。
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