参考論文
Anderson, S. P., & Renault, R. (2006). Advertising Content. The American Economic Review, 96(1), 93–113.
はじめに
消費者が店舗を訪れる際には、移動時間や交通費といった「検索コスト」が必ず発生します。この検索コストが存在すると、企業と消費者の間で「価格の先読み合戦」が起こり、最終的には需要が著しく減少してしまうことがあります。こうした現象を経済学では「ホールドアップ問題(hold‐up problem)」と呼びます。この記事では、具体的な数字例を用いてホールドアップ問題のメカニズムをわかりやすく解説します。
検索コストによるホールドアップ問題
ホールドアップ問題とは、取引前に一方(企業)が価格を固定せず、取引後に相手(消費者)から利得を「奪い取ろう」とするインセンティブが生じることで、ないしそれを消費者が予想することで取引自体が萎縮してしまう現象です。これは広義のモラルハザード(道徳的リスク)の一種であり、特に取引前後で情報や交渉力の非対称性がある場合に顕在化しやすくなります
ある会社が店舗ビジネスをしているとし、価格を公表しているとします。この店舗で購入するには、店舗まで行くコストなどの検索コストが10 かかるとします。
企業が、価格100で販売していると公表したとします。このとき、店舗を実際に訪れる消費者は、サービス自体には110円(100+10)以上のお金を払っても良いと考えている(支払意思額が110以上)ことになります。検索コストが存在する分、より高い支払意思額を持った人しか来店しなくなるのです。このとき、企業としては、来店者に110の価格を提示する誘惑にかられます。というのも店舗を訪ねてきた時点で、来店者は全員サービス自体に110以上の支払意欲を持っていることが確定しているからです。消費者にとっては、来店してしまった以上110円でも購入することが合理的になります。この現象は、モラルハザードの一種です。
重要なのは、理論的には、この店舗側の行動を顧客も先読みして、サービス自体に120(110+10)以上の支払意思額がある人だけが店舗に訪れるようになることです。さらに言えば、そのことを先読みすると、店舗は価格120をふっかける意欲がありますが、それを消費者が先読みするとサービス自体に130以上の支払意欲がある人しか店を訪ねなくなります。それを先読みして、、というように、このような先読みを顧客サイドが永遠と続ければ、仮に企業が正直に公表通り100の価格を訪ねてきた顧客に提示するつもりだったとしても、サービス自体への支払意欲が非常に高いごく一部の人しか店を訪ねてくれなくなる(ないし誰も訪ねてくれなくなる)ということが理論上起こりうるのです。
このように、モラルハザード問題の存在により、需要が縮小してしまう可能性があります。
解決策:価格コミットメント
この問題を回避するためには、企業は「公表価格=実際の販売価格」であることを顧客に確実にコミット(約束)する必要があります。具体的には
契約書や公約:ウェブサイトや店頭で「価格は絶対に変更しません」と明示する
第三者保証:消費者レビューサイトや公正取引委員会の監視下に置くことで信頼性を担保
こうしたコミットメントにより、消費者は来店後の値上げリスクを気にせずに足を運べるため、需要の後退が防止されます。
まとめ
このように、検索コストが存在する場合には、理論的には無限先読みにより需要が大幅に減ってしまいます。もちろん実際の消費者がこのような先読みをしていると仮定するのは無理があります。ただ、いずれにせよ公表する価格と実際に提示する価格を一致させることにコミットすることには戦略的な意義があります。ホールドアップ問題は、一見すると「価格戦略」の話に留まりますが、その背後には検索コスト、消費者心理と情報の非対称性が深く関わっています。約束を守る」こと自体を競争力と捉え、価格コミットメントの仕組みを整備することが求められます。これにより、顧客の来店意欲を高め、持続的な成長を実現できるでしょう
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