参考論文
Coase, R. H. (1972). Durability and monopoly. Journal of Law and Economics, 15(1), 143–149
Hahn, J.-H. (2006). Damaged durable goods. RAND Journal of Economics, 37(1), 121–133.
はじめに
耐久財を独占販売する市場に関して、コースの仮説(Coase Conjecture)という理論が存在します。「一度購入されたらその消費者から長期間購入されない」耐久財を独占販売する場合、将来の値下げを消費者が予想するため、買い控えが発生し、独占企業であっても高価格を維持できず限界生産コストまで価格を下げざるを得ない、という理論です。
このコースの仮説の出現を防ぐために、低品質低価格商品も追加販売する という手法があることを紹介します。Hahn, J.-H. (2006)という論文は、damaged goods(低品質商品)をあえて新たに販売することで、将来的に元の商品の価格を下げないことをコミットメントできることを、と示しました。
コースの仮説
コースの仮説とは、耐久財を販売する独占企業は、将来の値下げを予想する消費者によって、現在高価格を維持することができず、結局は限界費用に近い価格で販売せざるを得なくなる、というものです。
消費者は耐久財を一度買うと、長期間買う必要がなくなります。そのため、販売開始から時間がたつと、支払意思額の低い人(金銭換算で、あまりその商品を評価していない人)だけが市場に残るようになるため、企業としては価格を下げてその人たちに売ることが合理的になります。このことを支払意思額の高い消費者は最初から予想し、購入を先延ばししようとするため、企業は最初から低価格を提示せざるを得なくなるのです。
特に、消費者が忍耐強い(将来まで消費を先延ばしにしても、あまり効用が落ちない)時に、この理論の減少が発生しやすいとされています。
では、このコースの仮説の発生を防ぐために、企業はどのように施策を打てばよいでしょうか。
損傷財という戦略
Hahn, J.-H. (2006)という論文は、このコースの仮説に対して「損傷財の導入」が有効な戦略になることを明らかにしました。
企業は、元々の高品質な製品をわざと劣化させた「損傷財」を、少し安い価格で同時に提供することで、消費者の買い控えとそれよる値崩れを防ぐことができる場合があるのです。その理由は以下の通りです。
コースの仮説が出現してしまう理由は、上で確認した通り将来的に支払意欲の低い人しか市場に残らなくなってしまうことでした。このような支払意欲の低い人を、先に顧客として取り込んでしまい、将来の市場に残らないようにしてしまえば(同時にそのように顧客に予想させれば)買い控え行動は起きなくなるはずです。企業としては、元々の高品質商品について将来値下げする理由がなくなるからです。
そのために、元々の高品質の商品に加えて、低品質低価格の商品もラインナップに加えて販売します。これにより、支払意思額の低い人は低品質商品を初期段階で買ってしまうため、将来の市場には残らないことになります。その結果、元々の高品質商品の将来的な値下げが起こらないと、消費者に予想させることができ、支払意思額の高い消費者の購入の延期を防ぐことができます。結果として、値崩れが起きなくなるのです。低品質の商品をラインナップに加えることで、高品質の商品の値下げを将来行わないことを信頼をもたせて約束できるのです。値下げしないことにコミットメントする手段として、低品質低価格商品の導入が有効であると言い換えることもできるでしょう。
まとめ
高品質と低品質の商品を同時に販売する手法は、支払意思額の高い人と低い人をそれぞれ対象にした価格差別の一種として、マーケティングや経済学において広く知られています。
本記事では、こうした品質差による製品ラインの設計が、単なる価格差別にとどまらず、耐久財市場における「コースの仮説」に起因する値崩れを防ぐ手段として機能することを示しました。すなわち、企業は意図的に品質を劣化させた商品(損傷財)を導入することで、将来の値下げ圧力を抑え、戦略的に価格を維持することが可能になるのです。
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