参考論文
Thanassoulis, J. (2004). Haggling over substitutes. Journal of Economic Theory, 117(2), 217–245.
はじめに
ある企業が、2つのオプションで商品サービスを提供している時、以下のような問題を抱えることがあるかもしれません。それぞれ2つにこだわりがある消費者には高い価格を設定したい一方で、こだわりの少ない中間的な消費者も獲得したい、というジレンマです。別の記事で、このジレンマを解決する方法として、確率的販売というものがあることを紹介しました。
ケース
分かりやすいように、以下のケースを考えます。あるアーティストが九州に住んでいる人向けに、福岡と鹿児島でそれぞれ同じ内容のライブを行いチケットを販売することを考えます。購入者は、チケットを一つだけ買うとします。(福岡ライブと鹿児島ライブは完全に代替的で、どちらも買う人はいないという仮定です)購入者がどこに住んでいるかを確認することができないため、彼らの住んでいる地域ごとに別々の価格設定を行うことはできないとします。福岡(鹿児島)の近くに住んでいる人は、福岡開催(鹿児島開催)のチケットへの支払許容額は高くなります。開催場所へのこだわりが強いということです。反対に、中間である熊本県に住んでいる人は、移動コストがかかるためその分チケットへの支払許容額が低くなります。同時に開催場所へのこだわりも弱いです。理想としては、福岡と鹿児島に住む購入者に高い値段を提示し、中間の熊本に住む購入者に低い値段を提示することで利益を最大化できるのですが、仮定により購入者の住む地域を特定し居住地域ごとに別々の価格を提示することはできません。この時、以下のようなジレンマに直面します。
ライブを開催する2拠点から離れた、熊本などに住んでいる人も顧客として獲得したい。しかし、そのために価格を下げてしまうと、高い価格でも買ってくれるはずの福岡県民や鹿児島県民からの利益が減ってしまう、というジレンマです。
以下のような販売手法を使うことで、このようなジレンマを解決することが可能です。
二段階販売による自己選択メカニズム
以下のような販売タイミングを2段階に分ける手法を考えます。
ステップ1:定価販売(初期段階)
- 福岡チケットと鹿児島チケットの両方を、通常価格(定価)で販売
- このとき、どちらも確実に選べる
ステップ2:しばらく時間を置いてから、再度販売
- 福岡と鹿児島のうち、どちらか一方が販売中止され、販売継続する方には割引が発生する
- 50%の確率で福岡チケットが、残りの50%の確率で鹿児島チケットが販売継続し、割引される
このステップ2での企業の行動は、ステップ1の時点で顧客にアナウンスし、その実行にコミットするとします。つまり、将来はどちらかしか販売しない一方で、販売する方については値下げをするということを最初の段階で顧客に知らせます。
ではこれによりどんな行動が引き出されるでしょうか。
- こだわりの強い人(福岡と鹿児島の近くに住む人):「絶対に福岡がいい!」→ 初期に定価で即決
- こだわりがない人(熊本周辺に住む人):「どちらでもいい、安ければ」→ 初期では購入せず、ステップ2で販売継続された方から購入する
結果として、企業は“自分の支払意思”に応じて消費者を分けて対応できます。。では、なぜ「販売時期の分割」だけでこんなことができるのでしょうか。
重要なのは、「後で買うと不確実性がある」という心理的な仕掛けです。
消費者は以下のジレンマに直面します。
- 「今買えば確実に欲しいものが手に入る」
- 「でも、後に待てば安く買える可能性もある…ただし、どちらが販売継続されるか分からない」
この確実性と割引のトレードオフを提示することで、消費者は自分の好みに応じた選択をするのです。福岡や鹿児島の近くに住む人は、確実に自分の近くのチケットを得ることのメリットが大きいので、初期販売において即購入します。一方で、中間の熊本に住む人は、鹿児島でも福岡でもどちらでもよいと考えるため、どちらかがそれぞれ50%の確率で割引される遅延販売まで購入を控えることになります。 こだわりの大きい福岡鹿児島県民には、確実に近くのチケットを得ることにプレミアを払ってもよいと考えるため、初期価格を高く提示できます。そして、こだわりの弱くて支払意思額の低い熊本県民については、遅延販売で割引価格を提示することで顧客として取り込むことができます。
このように、確率的思考を用いた2段階販売をすることで価格差別の実施が可能です。どちらも同じように、自己選択を促すことで、こだわりの強く支払意思額の高い人には高い価格を、こだわりの弱い人には相対的に低い価格をつけることができ、利益を増やすことができるのです。
以下、数値の例で確認します。
3箇所の顧客はそれぞれ100人です。
福岡に住む人は、福岡チケットへの支払意思額(WTP)が2万、鹿児島チケットへのWTPが1万
鹿児島に住む人は、福岡チケットへのWTPが1万、鹿児島チケットへのWTPが2
熊本に住む人は、福岡チケットへのWTPが1.5万、鹿児島チケットへのWTPが1.5万とします。
それぞれに一律価格をつける時、利益最大化されるときは、鹿児島チケットに1.5万、福岡チケットに2万つけた時の、500万になります。
次に、この記事で紹介した販売時期をずらす場合を考えます。
初期販売において、鹿児島チケットと福岡チケットを1.99万で売ります。そして後の販売では、2つのうちのどちらかをランダムで販売停止し、販売継続の方のチケットの価格を1.5万に割引するとアナウンスします。
この時、福岡と鹿児島の人は、1.99万で地元確定のチケットを買うことになります。後の販売まで購入を伸ばした場合、期待効用が
(0.5×1+0.5×2)−1.5=0になるからです。確定チケットを1.99万で購入し、0.01の効用を獲得するのが合理的になります。地元のチケットが確定していることにプレミアを払ってもよいと考えるということです。
一方で、熊本の購入者は、初期販売では購入しません。自身のWTPを上回る価格で販売されているからです。どちらのチケットであっても良く、場所が確定していることにプレミアを高く払う意思はありません。のちの販売で販売継続された方を割引価格で購入することになります。購入を先延ばしすることが合理的になるのです。つまり、1.5万円で値下げされたチケットを購入することになります。
このような販売をすることで、企業の利益は、
1.99×100×2+1.5×100=約550万
になり、売上を増やすことができます。消費者余剰を利益に取り込むことができたということです。
他の手法
のちの販売において、どちらかをランダムに販売停止するという手法を上で確認しました。販売停止しなくても、以下のような手法で同じ結果をもたらすことができます。
ステップ1:定価販売(初期段階)
- 福岡チケットと鹿児島チケットの両方を、通常価格(定価)で販売
- このとき、どちらも確実に選べる
ステップ2:しばらく時間を置いてから、再度販売
- 福岡と鹿児島のうち、どちらか一方を値下げし、もう一方を値上げする
- どちらが値下げされるかはランダムで、それぞれ50%の確率で決まるとアナウンス
この時、福岡と鹿児島に住む人は、地元チケットが値上がりするリスクを恐れて、初期販売の段階で購入します。一方熊本に住む人は、開催場所の好みがないため、ステップ2で値下げしたほうのチケットを購入することが合理的になります。
将来にランダムで値下げと値上げをすると事前に顧客にアナウンスすることで、こだわりの強い客は初期販売で高値で買い、こだわりの弱い客はのちの販売で割引された方を買うようになります。このように自己選択を促すことで、企業は収益を大きくすることができるのです。
まとめ
「販売停止のランダム性」を加える、2段階の販売手法により、消費者の好みと価格感度に応じて、自然に価格を選ばせることができます。「待つか即決か」の違いを使って、高く売れる人には高く売り、安くしか買わない人からも売上を確保できるのです。
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