株式会社エコノミクス&ストラテジー

価格差別の手段としての“在庫一掃セール”:自己選択メカニズム

参考論文

Nocke, V., & Peitz, M. (2007). A theory of clearance sales. The Economic Journal, 117(522), 964–990


はじめに

「在庫一掃セール」「シーズン末セール」といった言葉は、私たちにとって馴染み深い存在です。一般的には、それを“単に売れ残りを安く処分するための手段”と考えられているでしょう。

しかし、Nocke, V., & Peitz, M. (2007)という論文は、このようなセールは単なる処分手段ではなく、顧客の性質に応じて価格を差別化する、高度な販売戦略であることを明らかにしています。つまり、価格を下げてより多くの顧客を獲得したいと思う一方で、商品に多くの価値を感じる支払意思額の高い顧客には高く売りたい、という企業のジレンマを解決する手段として、「在庫一掃セール」が効果的ということです。


在庫一掃セール

「在庫一掃セール」という名目で、販売後期の価格を下げることで、消費者の「タイプ」を価格によって分離し、それぞれから最大限の収益を引き出すことにあります。このような販売手法は、「時間」を使った価格差別の一つです。商品の販売を前半と後半に分けて、次のように顧客を選別します。

  • 確実に欲しい人には一般販売時に高く売る
  • 安く買いたい人には、後で「一掃セール時」に安く売る(ただし在庫切れのリスクあり)

重要なのは、在庫一掃セール時には在庫切れのリスクがあるということです。このような販売手法により、「高いお金を払ってでも確実に手に入れたい人」と、「安く買いたいが品切れのリスクを取る人」を分離します。

支払意思額の高い買い手は、確実に商品を買えることに高いプレミアを払ってもよいと考えます。というのも、支払意思額が高い分、品切れにより購入できなかったときの損失が大きいからです。この理屈により、支払意思額の高い買い手は、より値段の高い一般販売時に購入するようになります。

一方で、支払意思額の低い買い手は、確実に商品を買えることに払ってもよいと考えるプレミア額が低いです。というのも、支払意思額が低い分、品切れにより購入できなかったときの損失が相対的に小さいからです。この理屈により、支払意思額の低い買い手は、品切れリスクがある「在庫一掃セール」まで購入を待つことになります。

これはまさに、戦略的な価格差別といえます。支払意思額の高い人には一般販売時に高く売り、支払意思額の低い人には在庫一掃セール時に低い価格を提示して、顧客として取り込む、ということを実現できるのです。


ポイント

在庫一掃セールは、単に在庫を処分するために安くしているわけではない、という点が重要です。むしろ、品切れリスクのある在庫一掃セールの存在が、一般販売時における価格を高く設定することを可能にしている、と言うことができます。在庫一掃セールの存在により、一般販売において、企業は「商品」そのものに加えて、「確実性」という無形の価値を上乗せすることができ、支払意欲の高い顧客に高く売ることができるのです。

後になれば確かに価格は下がりますが、その頃には人気商品は売り切れているかもしれません。この「在庫切れのリスク」が、顧客の購買行動を分け、自己選択メカニズムが働きます。支払意思額が高い人には高く、支払意思額の低い人には低い価格で売ることで、一律価格を維持して販売する場合よりも、利益を大きくできるのです。


在庫一掃セール戦略の成立条件

この戦略が効果を発揮するためには、以下の2つの要件が揃っている必要があります。

  1. 企業が需要の不確実性に直面していること(売れる数が事前に分からない)
  2. 供給量(キャパシティ)を事前に決定しなければならないこと

これらの条件は、アパレルの季節商品、コンサートや旅行ツアー、限定商品など、多くのビジネスに該当します。


イントロダクトリー・オファーは常に劣る

耐久財販売においては、「イントロダクトリー・オファー」(最初に安く、後で高く売る手法)は、Nocke, V., & Peitz, M. (2007)のモデルでは常に非効率とされます。その理由は、安く買えるうちに全員が殺到するため、支払意欲の高い人と低い人を識別することができないからです。結果として、支払意欲の高い人に安売りをすることになってしまい、利益を小さくしてしまいます。


まとめ

在庫一掃セールは「仕方なくやる在庫処分」ではなく、消費者の支払い意欲の高さを識別して価格差別を行う施策として機能します。価格差別のある種の口実として、在庫一掃セールが役立つのです。在庫調整が難しいビジネスほど、事前の供給決定と不確実性を逆手にとった、在庫一掃セール戦略が有効に機能します。

この理論から得られる最大の教訓は、「在庫一掃セールは必ずしも失敗ではない」ということです。

むしろ、価格を下げるタイミングと在庫の希少性を組み合わせることで、企業は顧客を選別し、高収益を実現できるのです。これはまさに、価格決定における「メカニズムデザイン」の一つといえるでしょう。

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