参考論文
DeGraba, P., & O’Hara, M. (1992). Extracting rents with forward contracts. International Journal of Industrial Organization, 10(1), 103–125
はじめに
ある商品サービスを独占的に販売する時、企業は以下のようなジレンマに直面します。それは、価格を下げることでより多くの顧客を獲得したいと思う一方で、商品に多くの価値を感じる支払意思額の高い顧客には高く売りたいというジレンマです。一般的に、同一商品を販売する時にはすべての顧客に同一価格を付けなくてはならず、それぞれの顧客の支払意思額を特定し別々の価格を請求するということは実現困難です。
この記事では、供給制限のリスクを顧客にちらつかせ、スポット市場とフォワード市場の二つの市場を作ることで、上のようなジレンマを解決して利益を大きくする手法を紹介します。具体的には、支払意思額の高い顧客に対して、「事前予約性で確実に供給されるが値段の高いフォワード市場」を選択させ、支払意思額の低い顧客に対して、「安い一方で数量制限リスクのあるスポット市場」を選択させる、という自己選択メカニズムによって、価格差別を行い利益を大きくするという手法です。
この記事の内容は、DeGraba, P., & O’Hara, M. (1992).という論文を基にしています。この論文は、顧客にとっての「リスクヘッジ」や「安定供給の手段」として扱われがちなフォワード契約に対し、より戦略的な意味づけを与えています。
フォワード契約は「確実性の価値」を売る手段
論文では、ある部品を独占的に供給するサプライヤーと、その財を使って最終財を生産する複数の需要者の構造が仮定されています。サプライヤーは、フォワード市場とスポット市場の二つの市場で販売します。
スポット市場とは、その時点で取引が成立し、すぐに商品やサービスがやり取りされる市場のことです。一方で、フォワード市場は、将来の取引内容をあらかじめ決めておく仕組みです。価格や数量、納期などを事前に合意し、予約しておくことで、将来的な不確実性を避けることができます。
このとき売り手は、スポット市場において、需要の不確実性等の理由で供給が制限される可能性があるということを示唆します。数量制限が発生したときには、各顧客に対して数量割当を行うとします。つまり、買い手にとっては、スポット市場だと欲しい時に欲しい分の商品を購入できないかもしれないという量的なリスクが存在します。
売り手は同時に、将来の取引内容を事前に決めておくスポット市場での販売を割高価格で行います。「確実に手に入る権利」を販売するということです。
これにより買い手はどのように反応するでしょうか。
支払意思額の高い買い手は、確実に商品を買えることに高いプレミアを払ってもよいと考えます。というのも、支払意思額が高い分、もし数量制限により購入できなかったときの損失が大きいからです。この理屈により、支払意思額の高い買い手は、より値段の高いフォワード市場で購入するようになります。
反対に、支払意思額の低い買い手は、確実に購入できることに払ってもよいと考えるプレミア額が低いです。支払意思額が低い分、もし数量制限により変えなかったときの損失が相対的に小さいからです。この理屈により、より値段の低いスポット市場での購入を選択させることができます。
つまり売り手は、同一の価格メニューの中で自己選択型の価格差別(準一次価格差別)を実現できるのです。
DeGraba, P., & O’Hara, M. (1992).は、大口の需要者(部品購入者)ほど支払意思額が高いため、値段の高いフォワード市場で購入するよう促し、支払意思額の低い小口の需要者には、価格の低いスポット市場で購入するよう促すことで、利益を大きくできると主張しています。
戦略のポイント
供給制限を実際に起こす必要はありません。重要なのは、それが顧客に信じられることであり、それによって、支払意思額の高い顧客は「確実に手に入る」フォワード契約を選ぶのです。供給制限というリスクの存在により、フォワード市場での販売で「確実性」という価値を上乗することができ、高い価格で売れるようになります。つまり、供給不足を本当には起こさなくても、事前に「供給制限があるかもしれない」と思わせるだけで、戦略的に有効になるということです。数量制限を顧客に信頼を持って信じさせる口実としては、需要の不確実性や供給能力の上限がある、などがあるでしょう。
いずれにせよ、スポット市場における数量制限の可能性を顧客に信じさせるのが重要です。
これにより、フォワード市場において支払意思額の高い顧客から高い代金を得つつ、スポット市場での価格を引き下げることで顧客を広く獲得する、という価格差別が達成できます。
戦略の限界点:もし、柔軟に追加生産をすることができると顧客に思われてしまったら、供給制限は起きないだろうと思われてしまい、この戦略は無効になってしまいます。例えば、供給を事実上追加コスト0で柔軟に無限に行える、ストリーミングサービス等ではこの戦略は機能しないでしょう。
応用事例
フォワード契約という名称ではないものの、コンサートチケットなどにおける先行販売も、同じようなメカニズムを持っています。先行販売の後の一般販売では、需要が殺到し抽選販売になるかもしれないと事前に購入者にほのめかすことで、コンサートに大金を払っても良いと考える顧客を高額の先行販売へと導くことができます。同時に、支払意思額の低い顧客については、一般販売価格を相対的に低く設定することで、多く取り込みます。このようにして、チケットを一律価格で販売するよりも、消費者の余剰を取り込み利益を大きくすることができるのです。
まとめ
この論文が示す最も重要なポイントは、「フォワード契約は単なる顧客に対するリスクヘッジ手段ではなく、価格差別を実現する戦略的ツールである」という視点です。
供給者側から見れば、全ての顧客の情報を把握することは困難です。しかし、「数量制限の可能性」とフォワード契約の組み合わせにより、顧客自らがどれだけ払ってもよいかを自己選択してくれる価格メカニズムを設計できます。
フォワード契約をどのように位置づけるかによって、企業の収益モデルは大きく変わります。単なる安定供給の手段と見るのか、それとも顧客の不確実性回避傾向を利用して戦略的に消費者余剰を抽出する仕組みと見るのか。後者の視点を持つことで、自己選択メカニズムによる価格差別を実現できるのです。
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