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新規参入阻止戦略:ミルグロム=ロバーツモデルに見る分離均衡の力

はじめに

Tirole, J. (1988). The Theory of Industrial Organization. Cambridge, MA: MIT Press.

Milgrom, P., & Roberts, J. (1982). Predation, reputation, and entry deterrence. Journal of Economic Theory, 27(2), 280–312.


はじめに

企業が市場において競争優位を維持するためには、「新規参入の阻止」は非常に重要な戦略課題となります。特に寡占市場や成長市場では、新たな競合の参入によって利益が分散し、既存企業の収益構造が大きく脅かされる可能性があります。

この問題に対して経済学・ゲーム理論の分野で大きな示唆を与えたのが、(Milgrom & Roberts, 1982)です。本モデルは、情報の非対称性と戦略的行動を通じて、どのようにして既存企業が「信頼できるシグナル」を使って新規参入を阻止するのかを明らかにしました。


不完全情報下の戦略的ゲーム

ミルグロム=ロバーツモデルでは、新規参入者は既存企業のコスト構造(強いか、弱いか)を正確には知りません。つまり、このゲームは不完全情報の下で行われます。

既存企業は自らのタイプ(強い・弱い)に応じて戦略(例:価格設定)を選択し、その行動を観察した新規参入者が、参入するかどうかを判断します。既存企業が実際に強い(コスト優位性が高い)場合、潜在的な新規参入者にとって参入が非合理的になります。一方で、既存企業が弱い(コスト優位性が低い)場合、新規参入者にとって参入は合理的になります。

このとき、強い既存企業は、新規参入を防ぐために、自身が強いことを潜在的な新規参入者に伝えることが重要です。潜在的な新規参入者にそのことを信頼してもらうためには、分離均衡というものを作り出し利用する必要があります。


分離均衡と参入阻止

本モデルにおいて参入阻止戦略の中心となるのが、「分離均衡(separating equilibrium)」です。

分離均衡とは、強い企業と弱い企業が異なる戦略をとることで、それぞれのタイプが行動から区別されるような均衡を指します。特に、強い企業のみが採れる厳しい戦略である、極端に低い価格設定を実行することで、参入者に「この企業は強い」と信じさせ、参入を思いとどまらせることができます。

一方、弱い企業がこの戦略を模倣しようとすると、コスト構造の違いから大きな損失を被ります。それをするくらいなら、参入を許容する方が合理的です。つまりもし極端に低い価格が設定されていたら、強い企業であると断定することができる状態になります。このように、ある行動を取るか取らないかで、その主体の属性を判別できることを分離均衡と呼びます。

そのため低価格戦略は、「既存企業は強く、コスト優位性が高い」という信頼性のあるシグナルとなり、参入を阻止することができるのです。


まとめ

ミルグロム=ロバーツモデルは、言葉ではなく**「行動によって相手を説得する」**という戦略的示威行動の力を理論的に示しました。「強い企業だけが採れる行動」を実際にとることで、参入者はそれを真剣に受け止め、参入を回避するという合理的な判断を下すのです。具体的には、コスト優位性の弱い企業ができないような低価格設定をすることで、コスト優位性が高いとシグナルを送り参入を阻止できるのです。

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