株式会社エコノミクス&ストラテジー

支払意思額を可視化する自己選択メカニズム:優先価格戦略による価格差別

参考論文

Harris, M., & Raviv, A. (1981). A theory of monopoly pricing schemes with demand uncertainty. The American Economic Review, 71(3), 347–365.


はじめに

ガス、電気、水道などのインフラサービスは、見た目には誰にとっても「同じもの」に見えます。
しかし実際には、「それにどれだけ払ってもよいと考えているか」=支払意思額は人によって大きく異なります。

  • 「絶対に止めてほしくない」工場や医療施設
  • 「多少止まっても仕方ない」節約志向の一般家庭

この価値の違いを、価格という形で可視化し、利潤として引き出す
それが本稿で紹介する 優先価格戦略(Priority Pricing)です。

企業は一般的に、商品サービスに一律価格を付ける場合、以下のようなジレンマに直面することになります。もし全員に一律7,000円でガスを売ったとしたら:

月1万円でも契約したい人がいても、その3000円分の余剰を取り逃すことになります。一方で、10000円を提示したら、7000円まで払ってもよい顧客を取り逃がすことになります。なら契約したい人を取りこぼすことになります。

つまり、単一価格では消費者の多様な支払意思額を活かしきれないのです。このジレンマを解決するのが、優先価格戦略です。 Harris, M., & Raviv, A. (1981)は、供給サイドの生産能力に上限があるときに、この優先価格戦略が有効であることを示しました。


優先価格戦略とは?

優先価格戦略は、価格差別を現実的かつ公平な仕組みとして実装する方法です。

● 基本構造:

  1. 売り手が複数の価格帯を設定する(例:1万円・7千円・5千円)
  2. 各価格には異なる「供給の優先度」を紐づける
  3. 消費者は、自分のニーズに合ったプランを自ら選択する
  4. 供給が需要に対して過小になったときには、価格の高い顧客から順に供給する

このとき、支払意思額の高い人ほど上位プランを選ぶので、
売り手は“価格を通じて価値を知る”ことができるのです。理由は以下の通りです。

支払意思額の高い買い手ほど、高い確率で商品を買えることに高いプレミアを払ってもよいと考えます。というのも、支払意思額が高い分、もし供給過小により購入できなかったときの損失(金銭換算したもの)も大きいからです。したがって、支払意思額の高い買い手ほど、優先度が高く値段も高いオプションを選択することになります。

反対に、支払意思額の低い買い手は、確実に購入できることに払ってもよいと考えるプレミア額が低いです。支払意思額が低い分、もし供給過小により購入できなかったときの損失(金銭換算したもの)も小さいからです。この理屈により、支払意思額の低い買い手ほど、優先度が低い分値段も低いオプションを選択することになります。


■ なぜこれで利潤が最大化するのか?

Harris & Raviv (1981) の経済学モデルは、以下のような理屈を示しました:

供給が限られ、消費者の価値が見えないとき、
価格 × 優先度 のセットを提示し、消費者に選ばせることで、
情報の非対称性を解消し、利潤を最大化できる。

● 重要なポイント:

  • 高い価格を払う人は、必ずしも「騙された」わけではない
  • 彼らは「その価値がある」と判断して自発的に選んでいる
  • つまり、公平性を保ちつつ、戦略的な価格差別が成立している

例:ガス供給における優先価格の設計

たとえば、都市ガスの契約プランを以下のように分けたとします:

プラン月額料金非常時の対応
プレミアム契約¥12,000優先供給・復旧最速
スタンダード契約¥8,000通常供給・一般復旧
エコノミー契約¥5,000通常時供給・供給制限の可能性

このとき:

  • 医療機関や飲食業などの供給停止リスクが致命的な顧客は、プレミアムを選ぶ
  • 一般家庭の多くは、スタンダードで十分と判断する
  • 節約志向の家庭は、エコノミーで妥協する

→ こうして、顧客が自らの価値を“価格で表明”する自己選択が起こり、
結果として売り手は支払意思額に応じた利益を最大化できるのです。

この仕組みは、見えない需要(顧客価値)を、価格と確実性の組み合わせによって“見える化”する戦略設計です。


例:コンサートチケットの販売

この優先価格戦略は、コンサートチケットなどの販売にも使えます。コンサートチケットについても、席数に制限がある以上供給側に制限があると言えます。この時、以下のようなオプションを提示することによって価格差別をして利益を大きくできる可能性があります。

プラン名支払価格当選の確実性備考
エリートエントリー(確定枠)¥25,000100%当選・即確保抽選なし。申込み即チケット確保。枠数はごく少数。
プレミアムエントリー¥18,000抽選時「4口分の重み」高確率で当選(≒通常の4倍当選しやすい)
スタンダードエントリー¥12,000抽選時「2口分の重み」中程度の確率で当選(≒通常の2倍)
ベーシックエントリー¥9,000抽選時「1口分の重み」通常確率。最もエントリーが多くなる可能性あり。

※全員が同じ抽選に参加するが、抽選アルゴリズムで当選確率に差がある
(例:プレミアム申込者は1口が「4口分」として扱われる)

※抽選に外れた場合には、当然ながら金の請求は行われない。

この販売オプションを提示することで、

高価値な顧客(熱心なファンや所得の高いファン)からより多くの利潤を得られる同時に、低価格でも参加したい顧客層の受け皿も維持することができます。


まとめ

優先価格戦略は、価格差別を“戦略”として活用する現代的な方法論です。
とくに供給に限界があるサービスにおいては、
単に平等に売るよりも、「誰に、いくらで、どの順で」売るかを設計する方が、
企業にとっても、顧客にとっても合理的なのです。

この記事は役に立ちましたか?

もし参考になりましたら、下記のボタンで教えてください。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。