参考論文
Petrikaitė, V. (2018). Consumer obfuscation by a multiproduct firm. The RAND Journal of Economics, 49(1), 206–223
はじめに
価格を下げずに売上と利益を伸ばしたい、というすべての企業に共通するこの願望に対して、近年の経済学は「検索コストの設計」という新たな打ち手を提示しています。
特に複数商品を扱う企業にとって、「どの商品をどの順番で見せるか」「どれだけ情報にアクセスしやすくするか」は、単なるUX設計ではなく、利益を最大化するための戦略的意思決定です。Petrikaitė, V. (2018).という論文は、複数の商品を扱う企業は検索コストを操作することにより、自社商品間の値下げ圧力を和らげて利益を大きくすることができるということを主張しています。
この記事では、検索コストを活用した販売戦略を、経済学モデルとその応用アイデアを交えて解説します。
検索コストとは戦略資産である
検索コストとは、消費者がある商品にたどり着くまでに要する心理的・時間的・認知的コストのことです。
例えば、ECサイトのトップページに載せられている商品と、 第3階層カテゴリに載せられている商品を比較すると、後者の検索コストの方が大きいことになります。あるいは、スーパーの棚の中段に陳列された商品と、下段に陳列された商品を比較すると、後者の検索コストの方が大きいことになります。
重要なことは、この検索コストを企業が設計可能であり、その構図次第で利益を大きくすることができるということです。
モデル
検索コストを工夫することで、自社商品間の価格競争を和らげることができるというのが、この記事の重要な観点です。
ある企業が、以下のように独占的な販売をしているとします。この企業は、高品質高価格商品と、低品質低価格商品の二つの商品を販売しているとします。垂直差別化して売っているということです。消費者の中には、高品質であることに多くの金を払ってもよいと考えている層と、高品質への支払意欲額が小さい層の二つがいるとします。高品質であることに多くお金を払ってもよいと考える消費者には高価格商品を、あまり高く払うつもりのない消費者に低価格商品を割り当てることで、利益を大きくするという手法はよく知られている理論です。
ただ、このような販売をしている場合、一般的に企業は以下のような問題に直面することになります。それは、高品質高価格商品にあまり高い価格を付けることができないということです。
消費者がすべての商品をスムーズに比較できる状況(=検索コストゼロ)の場合を考えましょう。
仮に、企業が高品質商品について、価格を高くしすぎるとどうなるでしょうか。それをすると、支払意思額の高い人は、低品質低価格商品と比較した結果そちらに流れてしまうようになります。つまり、消費者がすべての商品を容易に比較できる場合、高品質商品に顧客をきちんと取り込むためには、低価格低品質商品の価格を考慮して、高品質商品の価格をある一定額まで下げなくてはならないのです。結果として、利益率が低くなってしまうことになります。自社商品同士で、値下げ圧力が働く、と言い換えることもできるでしょう。
この問題に対し、検索コストは「比較させない仕掛け」として機能します。
戦略的設計:高品質商品は「見せやすく」、低品質商品は「隠す」
以上のような問題に対して、経済学モデルが示す最適戦略は以下の通りです。
- ・高品質・高価格商品:検索コストを低く設定(目立つ、アクセスしやすい、情報が豊富)
- ・低品質・低価格商品:検索コストを高く設定(深い階層、棚の下段、情報少なめ)
つまり、低品質低価格商品にたどり着くには、大きなコストがかかる設計にします。この設計により、
- ・高い評価を持つ消費者(支払意思が高い)は、高品質価格商品を最初に見て、購入を即決するようになります。高品質商品にある程度満足したら、検索コストをかけてまで検索を続けようとする意欲が小さくなるからです。
- ・一方で、支払い意欲の低い人(高価格であることに多くのお金を払ってもよいと考えない人)は、手間(検索コスト)をかけて低価格低品質商品の購入をすることになります。
つまり、高い支払意欲を持つ人には検索を途中でやめさせ、低い支払意欲を持つ人には検索を継続させるよう自己選択を促します。このように、低品質低価格商品の検索コストをあえて大きくすることで、支払意思額の高い人に、低品質低価格商品を検索させないよう(比較検討させないよう)促し、高品質商品により高い価格を付けることができるようになるのです。自社商品同士の値下げ圧力を緩和することができる、と言い換えることができるでしょう。
検索順=価格順が最適解
多くの企業は無意識にやっているかもしれませんが、検索順を「高価格→低価格」に並べることで、高品質商品により高価格をつけることができ、利益を大きくできるということを、Petrikaitė, V. (2018)は理論的に証明しました。
このメカニズムをもう一度確認します。
- ・高品質高価格の大きい商品が検索の上位に
- ・利幅が小さい低品質低価格商品はあえて探させる設計にすることで、自社商品間の価格競争から切り離す。
- ・この結果、利幅の大きい高品質高価格商品に対して、より高い価格を付けられるようになる
応用事例
業種 | 実践例 |
---|---|
スーパー | ・高利益商品を目線の高さに、特売品は下段や端に陳列する ・割引品を、混沌とした感じで陳列する |
ECサイト | 新商品や高価格商品をトップページに掲載、割引品は下にスクロールしないと出てこないようなサイト構成にする |
レストラン | 高単価メニューをメニューの最初のページ・写真付きで強調表示 |
SaaS企業 | 高機能プランをまず提示、低価格プランは比較表の下部に配置 |
まとめ
自社商品間のカニバリ巻き込まれず、高品質商品を高く販売するには、比較させない工夫=検索設計が必要です。検索コストのコントロールは、単なる情報設計ではなく、企業の価格戦略そのものです。高価格高利潤商品を目立ちやすくし、低価格低品質商品を目立ちにくくすることで、検索活動について自己選択を促し、自社商品同士の値下げ圧力を小さくすることで、売上を大きくすることができます。
この記事は役に立ちましたか?
もし参考になりましたら、下記のボタンで教えてください。
コメント