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排除権による参入障壁──サプライヤーが築く見えない参入障壁

参考論文

Krattenmaker, T. G., & Salop, S. C. (1986). Competition and cooperation in the market for exclusionary rights. American Economic Review, 76(2), 109–113


はじめに

新規参入を阻止したい。この目的を達成するために企業が用いる手段は、価格戦略やブランドの囲い込みにとどまりません。供給の支配という静かな戦略が、実はもっとも強力であることがあります。1986年にKrattenmakerとSalopが提唱した「排除権」の概念は、サプライヤーとの契約を通じて競争相手のコストを引き上げる戦略の有効性を明らかにしました。

本記事では、既存企業が、サプライヤーの行動を介して新規参入を阻止する戦略を紹介します。とくに「サプライヤーが機会費用を理由に新規参入企業に高値を提示するメカニズム」を中心に、新規参入阻止戦略の現実的な構造を解説します。


排除権とは何か

排除権(Exclusionary Right)とは、企業がサプライヤーと結ぶ契約において、競合他社には売らないという条件を組み込むことによって形成される排他的供給権のことを指します。

たとえば、Alcoaが電力会社から他のアルミ企業には供給しないという約束だけを購入した事例があります(実際に電力は買っていません)。また、大手ビール会社がテレビ広告枠とともに、他社の広告を同時間帯に排除する権利も購入していたとされる事例も存在します。

これらはいずれも、供給源へのアクセス制限を通じて競合のコストを意図的に上げ、市場からの排除を狙うものです。


サプライヤーの合理的行動と機会費用の論理

ここで重要なのは、サプライヤーが常に「誰に売るのがもっとも利益になるか」を合理的に判断しているという点です。

サプライヤーは、既存企業に排除権を売るか、それとも排除権契約を結ばずに新規参入企業に商品を販売するかという選択に直面します。新規参入企業に売る場合、排除権を既存企業に売って得られたはずのプレミアムを放棄することになり、機会費用が発生します。このとき、サプライヤーはこの機会費用を補填しようとするため、仮に排除権契約を結ばない場合には、新規参入企業には通常よりも高い販売価格が提示されることになります。

つまり、排除権販売が選択肢として存在する限り、サプライヤーが新規参入企業に安値で売る理由はなくなり、むしろ高値を提示することが合理的になるのです。


参入コストの上昇

このようなサプライヤーの行動は、実際に契約が結ばれているかどうかにかかわらず、潜在的な新規参入企業にとって障壁として作用します。排除されていなくても、排除の可能性がちらつくことで交渉力が低下し、調達条件が不利になるのです。供給価格が割高になる、と潜在的な新規参入者に予想させることができるのです。

したがって、既存企業がサプライヤーから排除権を買う可能性を新規参入者にほのめかすだけでも、市場への新規参入には見えないコストの壁が立ち上がるのです。


戦略的示唆

この戦略の本質は、市場競争の舞台を価格設定の場にとどめるのではなく、供給ネットワークの構造にまで広げることにあります。

既存企業が、サプライヤーの行動を介して新規参入を阻止することができるのです。

既存企業にとっては、排除権の存在をちらつかせることで、新規参入者に「サプライヤーはもし自社に売ってくれたとしても高い価格を提示してくるのではないか」と思わせることができます。新規参入者の参入時の調達コストの期待値を上昇させることができるのです。これによって、参入自体を心理的あるいは制度的に断念させて、参入阻止をできる可能性があります。排除の期待があるだけで、競争優位を保持しやすくなります。潜在的な新規参入企業にとっては、サプライヤーが持つ排除権販売の機会費用が高い限り、交渉では常に不利な立場に立たされることになり、参入しづらくなるのです。このように、既存企業は、排除権の購入をほのめかすことで、新規参入者の参入を阻止できる可能性があるのです。


独占禁止法

重要なのは、既存企業は実際に排除権の契約を結ぶことなく、ただその締結をほのめかして潜在的参入企業に予想させるだけで、参入を阻止できるということです。排除権契約を結ぶこと自体は、独占禁止法上規制対象になりえますが、その締結の可能性をほのめかし事前に参入してこないようにするという行為は独占禁止法上問題ないのです。


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