株式会社エコノミクス&ストラテジー

一律価格での競争は価格競争を緩和する

参考論文

Thisse, J.-F., & Vives, X. (1988). On the Strategic Choice of Spatial Price Policy. American Economic Review, 78(1), 122–137. ​


はじめに

顧客ごとに提示する値段を変える、ダイナミックプライシングが注目されています。ダイナミックプライシングを導入することで、売上を増やすことができる場合も多いです。ですが、顧客の好みに基づいたダイナミックプライシングで価格差別を行い、競合と競争してしまうと、価格競争が激しくなり利益が少なくなってしまうということを紹介します。競争する各企業が一律価格を維持することが、価格競争のストッパーとして機能するケースがあるのです。


価格差別と競争

二つの企業A社B社が、水平差別化をして競争しているとします。消費者の好みはバラバラで、どうしてもA(B)社商品が良いという人、どちらかというとA(B)社商品が良いという人、どちらでもよいという人が、それぞれいるとします。

この時、「①両社とも一律価格を付けて競争する場合」と、「②両社が消費者ごとに提示する価格を変えて競争する場合」の2つの均衡を比較しているのが、Thisse, J.-F., & Vives, X. (1988)の論文です。この論文によると、両社の均衡における利得は、①の場合の方が②の場合よりも大きくなります。①の場合の方が、②の場合よりも、価格競争が和らぐからです。数式的な証明はここでは触れませんが、直感的には以下のように理由を説明できます。①の場合では、価格を下げることにより、競合から顧客を奪える正の作用が発生しますが、その一方で元々顧客だった(自社にロイヤリティの高い)層に払ってもらえる金額が下がるという、負の作用も発生します。この負の作用が、両社の価格値下げを慎重にさせるのです。

一方②の場合では、消費者ごとに請求できる金額を柔軟にできます。この時、既存顧客に対する価格は維持したまま、他社の顧客に安売り攻勢をかけられるということになります。つまり、顧客を獲得するための値下げをする際に、既存顧客からの利益の減少という負の作用を考慮する必要がなくなるのです。したがって、提示する価格の競争が激しくなり(特に、両商品に対してこだわりのない中間的な消費者に対して、提示する価格の競争が激しくなる)均衡における両社の利得が下がってしまうのです。


価格差別と囚人のジレンマ

ここで非常に重要なのは、一律価格を付けるか価格差別を行うかの選択において、囚人のジレンマの構図があるということです。つまり、競合の会社が一律価格を付けようが価格差別をしようが、自社にとって利得を大きくする選択は(最適反応は)価格差別を行うことなのです。最適反応通りに両社が価格差別を行ってしまうと、両社が一律価格を維持したときよりも、両社とも利益が小さくなってしまうのです。ゲーム理論的には、両社にとってパレート非効率な点が、ナッシュ均衡になってしまうのです。


戦略への応用

価格競争を和らげる観点からは、両社がともに一律価格を設定することにコミットする ことが重要ということになります。一律価格が、価格競争のストッパーとして機能するのです。つまり、以下のような施策は価格競争を和らげる観点でいえば望ましくないということになります。

ある地域に、クリーニング屋が2つあり競争しているとします。サービス自体は全く同じであり、立地で水平差別化していると仮定します。つまり、消費者にとっての購買決定要因は、「家からの近さ」と「価格」になります。このうち一社が、二つの店舗の中間付近に住む人に割引クーポンを出すという施策を出すとします。

この時、割引クーポンを出すという施策は模倣が簡単なので、競合もそれに反応してクーポンを出すようになり、価格競争が激しくなり両社ともに損をするようになるはずです。クーポンを出さずに、一律価格を維持することに両社がコミットしている場合の方が、価格競争が緩和されるのです。


まとめ

一律価格が、価格競争のストッパーとして機能することを紹介しました。一律価格を課すことで、価格を下げて他社から顧客を略奪しようとする場合、既存顧客からの利益の減少という負の作用が生まれるようになり、値下げのインセンティブが弱くなります。各社が一律価格にコミットすることで、価格競争を抑止できるのです。

一律価格を維持するには

水平差別化して競争している企業は、各顧客に提示する価格を一律にしたほうが利得が大きくなるということを説明しました。では各社が一律価格を維持することにコミットさせるには、どうすればよいでしょうか。「消費者による転売を活発にする」ということが解決策の一つかもしれません。つまり、転売によるアービトラージで稼ぐ消費者が現れたら、消費者ごとに販売価格を変えることができなくなるからです。「消費者による転売を活発にする」ことを各社が協力して行うことで、一律価格の維持が達成され、両企業とも利益を大きくすることができるかもしれません。

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