株式会社エコノミクス&ストラテジー

商品の水平的再配置と価格競争

参考論文

Chang, M.-H. (1992). Intertemporal Product Choice and Its Effects on Collusive Firm Behavior. International Economic Review, 33(4), 773–793.


はじめに

価格競争を抑止するには、「価格競争が発生したときの競争が激しくなる、あるいは相手の仕返しが激しいものだという予想」を、各々が持つことが重要です。すなわち、自身が、もし攻撃された時に仕返しを激しくするタカ派であること、強硬派であることを相互に伝え合うことで、価格競争の発生を抑止することができます。そのための手段として、「何があっても競合との差別化度をこれ以上大きくしないこと」を相互にコミットすることが効果的な場合があります。


ケース

ある地域で、二つのクリーニング屋AとBが競争しているとします。サービス自体は全く同質で、唯一立地の違いによって差別化が成立しているとします。(水平差別化)最初の段階では、価格共謀で価格が高い状態で維持されているとします。もし、Aが目先の利益を求めて価格を下げて共謀から逸脱したとすると、価格競争が始まりますが、価格競争の激化を恐れてBは場所をAからさらに離れた所に逃げるかもしれません。距離が離れれば価格競争は和らぎます。Aとしては、もし自分が値下げしたらBが遠い場所に移動して逃げると予想した場合、共謀が崩壊した際の価格競争が和らぐことになる(Bによる仕返しが弱まることになる)ので、共謀から逸脱するインセンティブが大きくなることになります。Bとしては、このような状況を阻止するため、何があろうと自身は立地を変えはしないということをコミットメントし、Aにそれを伝えるインセンティブがあります。同じくAとしても、Bによる裏切りを防ぐために、何があろうと自身は立地を変えはしないということをコミットメントすることが有効です。つまり、「もし争いが始まった場合自分は徹底抗戦する」ということを相互に伝えることで、争いの発生を防ぐことができるのです。自分が弱腰(ハト派)だと相手に思われたら攻撃を受ける可能性が高まるため、強硬派(タカ派)であることを伝えるということと同じです。

同じく、以下のような事例も考えられます。コーラ市場では、コカ・コーラは「スパイシーでキレ重視」、ペプシは「フルーティーで甘さ重視」のように、水平差別化しています。この時、両社は価格競争の発生を抑止するために、「何があっても現在の味を変えない」ことをコミットメントして、それぞれ相手に伝えることが重要です。もしコカ・コーラが価格値下げをしたとき、「ペプシは価格競争を緩和させるために、よりフルーティーさと甘さを重視してコカ・コーラから遠ざかる(コカ・コーラとの差別化度を大きくする)のでは」、とコカ・コーラに予想されてしまうと、コカ・コーラとしては値下げの意欲が高まってしまいます。ペプシによる仕返しが弱くなることになるからです。これを防ぐために、ペプシとしては今の味を変えるつもりはないということを、何かしらの形でコカ・コーラに伝えるのが良いでしょう。つまり 「もし競争になったら、弱腰にならずに徹底抗戦する」ということを相互に伝えることで、協力関係が維持されやすくなるのです。核抑止力と原理は似ています。経済学的な競争の観点でいえば、「水平的に商品を再配置することはない」ことをコミットメントすることが、もし共謀が崩れたら価格競争が激しくなるという恐怖を双方に抱かせ、価格共謀維持に繋がるのです。


論文の紹介

この記事で参考にしたのは、Chang, M.-H. (1992). Intertemporal Product Choice and Its Effects on Collusive Firm Behavior. International Economic Review, 33(4), 773–793.

という論文です。この論文は、水平的属性の再配置のコストが大きく、それを各社が把握している場合には価格共謀を維持しやすいということを示唆しています。再配置のコストが小さい場合、価格競争が始まった後簡単に競合から遠ざかることができるため、共謀が崩れた時のダメージが小さくなり、裏切るインセンティブが大きくなります。再配置が簡単にできないということを両社が把握することで、共謀が崩れた時に激しい価格競争が起きてしまうと相互に予想し、値下げを起きにくくすることができます。


まとめ

あえて逃げ道を断つ約束をすることで、お互いに競争を起こさないようにする戦略です。核抑止力は、以下のようにして強まると言われています。つまり、もし敵国が核ミサイルを売ってきたら、機械で自動的に核ミサイルを打ち返す仕組みを作り、それを相手に伝えることで、平和を維持できるという理論です。争いになったら、逃げずに徹底抗戦することをコミットメントすることで、争いを抑止できるという論理を、企業間競争に持ち込んだ理論ということができます。自身の足を縛り行動を制限するということを相互に行うことで、競争を避けるという、戦略的コミットメントと言えます。

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