参考論文
Salop, S. C., & Scheffman, D. T. (1983). Raising rivals’ costs. American Economic Review, 73(2), 267–271.
Bulow, J. I., Geanakoplos, J. D., & Klemperer, P. D. (1985). Multimarket oligopoly: Strategic substitutes and complements. Journal of Political Economy, 93(3), 488–511.
はじめに
価格競争を和らげるためには、競合他社の値下げ意欲を下げることが重要です。値下げ意欲を下げる手段の一つに、競合他社の限界生産コストを高くする、というものがあります。生産コストを高くしてマージンを小さくすれば、値下げして販売量を増やすことで得られる利益も小さくなるので、値下げ意欲が弱くなるのです。競合他社の生産コストを高める戦略は、Salop, S. C., & Scheffman, D. T. (1983)などの論文で扱われています。ここでは、競合他社の範囲の経済(不経済)というコスト構造を操作して、競合の生産コストを高くするという手法を説明します。範囲の経済というのは、複数の製品や事業を同時に扱うことで全体のコストが下がる現象です。範囲の不経済というのは、複数の製品や事業を同時に扱うことで全体のコストが上がってしまう現象のことです。
範囲の経済が働く時、一つの市場で販売量が増えたらもう一方の市場での限界生産コストが下がり、そのもう一方の市場で値下げして販売量を増やすインセンティブが大きくなります。
範囲の不経済が働く時、一つの市場で販売量が増えたらもう一方の市場での限界生産コストが上がるので、そのもう一方の市場で値下げして販売量を増やすインセンティブは小さくなります。
Bulow, J. I., Geanakoplos, J. D., & Klemperer, P. D. (1985)は、このような範囲の経済と価格の値下げの関係について取り上げています。この記事では、競合他社の範囲の経済(不経済)のインセンティブ構造を操作することによって競合他社の値下げを抑止し、価格競争を緩和する戦略を紹介します。
範囲の経済
以下の場面を考えます。
・A社とB社が、市場Xで競争している。
・A社は、異なる市場Yにも進出している。B社は市場Yには参入していない。
・A社にとって、市場Xの商品生産と市場Yの商品生産には範囲の経済の関係にある。つまり、市場Y商品の生産量が増えた場合、市場X商品の生産における限界コストが下がるという関係にあるとします。
B社の戦略
B社にとって、市場YでのA社の販売量を少なくすることが重要です。というのも、A社の市場Yでの生産量が増えてしまうと、範囲の経済の作用が働き市場Xでの生産限界コストが下がることになり、市場Xで値下げをして顧客を奪う意欲を強めてしまうからです。そのためB社は、市場YでのA社のライバルと協力し、A社の販売量を減らす戦略を取ることが効果的です。
範囲の不経済
以下の場面を考えます。
・A社とB社が、市場Xで競争している。
・A社は、異なる市場Yにも進出している。B社は市場Yには参入していない。
・A社にとって、市場Xの商品生産と市場Yの商品生産には範囲の経済の関係にある。つまり、市場Y商品の生産量が増えた場合、市場X商品の生産における限界コストが下がるという関係にあるとします。
B社の戦略
B社は、市場YでのA社の販売量を多くすることが重要です。というのも、A社の市場Yでの生産量が増えることで、市場Xでの生産限界コストが上がることになり、市場Xで値下げをして顧客を奪うA社の意欲が弱くなるからです。そのためB社としてはA社からの価格攻撃を弱めるために、X市場においてA社に協力しA社商品の販売を促進する戦略が効果があります。
まとめ
競合他社の「他市場での動き」は自市場での価格競争に影響を与えます。競合他社の範囲の経済(不経済)に起因するインセンティブ構造を操作することで、値下げ攻撃を和らげることができます。つまり、競合他社のコスト構造を見極め、競合他社の他市場での販売活動を操作することで、競合他社の生産コストを高くし、自身への値下げ攻撃の緩和を促すことができます。競合他社のコスト構造を見極めることが重要です。
一般的に競合他社のコストを引き上げる手段の多くは、独占禁止法上問題になりがちです。一方でこの記事で取り上げた、他市場に介入してコスト構造を操作する方法は独禁法上問題になりません。
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