株式会社エコノミクス&ストラテジー

目立たない戦略と価格競争

参考論文

Wilson, C. M. (2010). Ordered search and equilibrium obfuscation. International Journal of Industrial Organization, 28(5), 496–506.​


はじめに

多くの企業は、自社商品が消費者に見つかりやすくなるように投資をしています。例えば、Googleでサービス名を検索したときに自社商品が上位に掲載されるようにSEO対策に力を入れている企業も多いでしょう。顧客から見つかりやすければ見つかりやすいほど良い、というのが常識となっています。ですが、企業間競争の観点からは、あえて自社だけ目立たないほうが価格競争を緩和できて利益を大きくできる可能性があります。この戦略は「混乱化(obfuscation)」と呼ばれ、競争を回避する手段として機能します。Wilson, C. M. (2010).の論文は、この戦略に注目しています。

重要なのは、「忙しい消費者」と「ゆとりのある消費者」を分離して、一社が忙しい消費者を、もう一社がゆとりのある消費者を顧客とすることで、価格競争が和らぎ両社が得することができるということです。


価格比較サイトからの撤退

Wilson, C. M. (2010)は、英国の保険会社Direct Lineが、保険の価格比較サイトでの自社の掲載を取りやめた事例を紹介しています。Direct Line社は、サイトの掲載料が高いからと説明していますが、それ以外に理由があったとこの論文は指摘します。その理由とは、価格競争緩和効果です。

あえて自分の会社の情報が目立たないようにすることは、競合と比べて不利になりそうに思えます。目立たない分、顧客を減らしてしまうからです。ですが、目立たないようにすることで競合他社の値下げインセンティブを減らし、利益を大きくできる可能性があります。


モデル

本モデルは、2社(A社とB社)による同質財の寡占市場において、企業が検索コストを戦略的に操作することで価格競争を回避できる仕組みを明らかにするものです。

消費者の中には、製品や価格を検索する際に時間的コストを要する者と、そうでない者が存在します。具体的には、全消費者のうち割合αの消費者が正の検索コストを持つ「忙しいタイプ」であり、残りの1−αの消費者は検索コストを持たない「ゆとりのあるタイプ」となります。検索コストを持たないとは、各社の商品価格を把握するのにコストを感じないということです。

ゲームは三つの段階から成り立っています。最初の段階では、企業が自社製品に対してどの程度「探しにくさ」を持たせるか、すなわち探しやすくするか、探しにくくするかどちらかを決定します。この段階における企業の選択は、消費者が次の段階でどちらの企業を先に検索するかという検索順序に影響を与えるものです。続く第二段階では、企業がそれぞれの販売価格を決定します。そして最後の第三段階で、消費者は検索順を決定し、価格を確認した上で、どちらの企業から購入するかを選択します。

2社がともに探しやすくすることを選択すると、理論的には従来のベルトラン競争が発生します。消費者は簡単に両社の価格を把握し比較できるため、企業は互いに価格を限界費用まで引き下げざるを得ず、最終的に利益はゼロとなります。

ここでもし、2社のうちのA社が、探しにくく(目立たなく)した時を考えます。この時、探しやすくしたB社は、消費者にとって「見つけやすい存在」となり最初に検索されます。検索コストを持つ「忙しいタイプ」の消費者は、最初に見つけたB社で満足すればそこで購入を完了させます。というのもA社の情報を検索しようとすると追加のコストがかかってしまうからです。この時、B社としては、「忙しいタイプ」の消費者からの売上を確実に獲得できるため、価格を下げる意欲が小さくなります。

反対にA社は、B社よりもある程度低い価格を付けることで、検索コストを感じない、1−α分の「ゆとりのあるタイプ」の顧客を取り込むことができます。この時、B社の値下げするインセンティブが小さくなるのでA社も高い価格を設定することができます。

このような均衡においては、両企業が以前より高い価格を設定でき、結果として両企業の利益は増加するのです。各社の検索のされやすさに、非対称性があるほど、価格競争が緩和されるということです。


メカニズム

このB社の「あえて目立たなくする」戦略は、以下のように説明できます。

自社を目立たなくすることで、検索コストの高い消費者を競合他社に譲ります。あえて競合他社に誘導するのです。競合他社は検索コストの高い消費者を確実に得られるようになり、それが留保価値として作用し、値下げインセンティブが小さくなります。自社は「検索コストの小さい」消費者を取り込むわけですが、競合他社の値下げ意欲が小さくなるため、ある程度高い価格を付けることができる、という論理です。重要なのは、「忙しい消費者」と「ゆとりのある消費者」を分離して、一社が忙しい消費者を、もう一社がゆとりのある消費者を顧客とすることで、価格競争が和らぎ両社が得することができるということです。

自分の会社の商品を目立たなくしてしまうと、顧客が減ってしまって良くないように思えます。ですがそうすることで、ライバルの値下げ意欲を下げて、利益を大きくできる場合があるのです。


戦略的示唆

企業にとっては、自社の製品が検索エンジンや比較サイトにおいてあえて目立たない位置に表示されるようにすること、あるいはあえて実店舗の立地をやや見つけにくい場所に設置することが、戦略として合理的である場合があることが示唆されます。消費者の検索行動とそのコスト構造を利用して、競争を意図的に回避することができるのです。競合他社との間に、「検索されやすさ」についての非対称性を持たせることで、価格競争を和らげることができるのです「忙しい消費者」と「ゆとりのある消費者」を分離して、一社が忙しい消費者を、もう一社がゆとりのある消費者を顧客とすることで、価格競争が和らぎ両社が得することができるのです。「目立てば利益が増える」という通念に一石を投じたWilson, C. M. (2010).の論文は非常に興味深いです。

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