参考論文
Hanazono, M., & Kudoh, N. (2024). Prominence and market power: Asymmetric oligopoly with sequential consumer search. International Economic Review, 65(3), 1249–1281.
名古屋大学プレスリリース 20240718_soec.pdf
はじめに
経営戦略に、ドミナント戦略というものがあります。ドミナント戦略とは、特定の地域や市場に集中して出店・投資を行い、圧倒的なシェアを獲得する戦略です。コンビニ業界や外食産業で多く活用され、物流コストの削減やマーケティング費用の効率化といったメリットがあります。この記事では、ドミナント戦略が、価格競争を和らげる可能性があるということを、経済学的知見から紹介します。
ドミナント戦略とサーチコスト
ドミナント戦略が価格競争を和らげる作用において重要なのは、サーチコストです。対象とする商材は、商圏ビジネスである、コンビニ、ガソリンスタンド、自動販売機、タクシーなどを想定します。これらに共通している点は、サービスを享受するにはサーチコストがかかるということです。例えば自動販売機の場合には、どこに設置されているか分からないため探さないといけません。また、タクシーの場合は、空車が来るのを歩道で待たないといけません。
拠点数(タクシーの場合は運行台数)を増やすことでどのようにして価格競争が生まれるかを説明します。競合他社の拠点数を相対的に減らすという点が重要です。競合他社のサービスを見つけにくくしてしまいそれを消費者に把握させることで、競合他社の価格弾力性が小さくなり、価格競争を和らげることができるという論理です。
自販機のケース
分かりやすくするために自販機のケースを考えます。ある地域において、A社とB社が自販機での飲料販売で競争しているとします。地域内で、A社は設置台数を多くさせるドミナント戦略が取られているとし、B社の設置台数は相対的に少なくなっているとします。売られている飲料についてA社とB社とで差別化はされておらず、設置台数の少ないB社の方が、販売価格は安いと仮定します。消費者としては、できることならBの自販機から買ったほうがお得ということになります。そしてそれぞれの自販機がどこに設置されているかは、探してみないとわからないと仮定します。のどが渇いて自販機を探し始めた消費者の多くは、設置台数の多いA社の自販機を最初に見つけることになるでしょう。この時、より安いB社の自販機を探しにいくことを検討するはずですが、探したところで次に見つかるのも設置台数の多いA社の自販機になると予想し、探しに行っても無駄と考えるはずです。そして多くの人が、最初に見つけたA社の自販機で購入するはずです。運よく最初にB社の自販機を見つけた人はもちろんB社の自販機で購入しますが、A社の自販機を最初に見つけた多数の人はB社自販機を探すのを諦めそのままA社の自販機から購入するでしょう。この時、B社にとっては、価格をこれ以上下げても、A社の自販機を最初に見つける人の中から顧客を奪えないと考え、値下げインセンティブが小さくなります。結果として、ドミナント戦略を取ったA社も十分に高い価格を維持できるようになるのです。
タクシーの事例
次にタクシーの事例も考えます。この事例は、名古屋大学から出ているワーキングペーパーから引用したものです。ある地域において、A社とB社がタクシー市場で競争しているとします。A社は、運行台数をきわめて多くするドミナント戦略を取っていて、B社の運行台数は相対的に少ないとします。顧客は、どのタクシーがいつどこを通るかを事前にはわからず、道路で待たないといけないと仮定します。B社の方が価格が少し安く、顧客はそのことを知っているとします。確率的に、タクシーを待ち始めた客が最初に見つけるのは、値段が高く運行台数の多いA社のタクシーになります。より安いB社のタクシーを待つことを検討するはずですが、仮に待っていたとしても次々にやってくるタクシーは運行台数の多いA社のタクシーであることが予想されるため、「待っていても意味がない」という状況であると理解します。そして、諦めて最初に見つけたA社のタクシーに乗ることを選択します。つまり、B社としては、これ以上値段を下げたところで、A社タクシーを最初に見つけた客を奪うことができないため、値下げインセンティブが少なります。結果としてドミナント戦略を取っているA社も高い値段を付けることができるのです。
ドミナント戦略の応用
自販機とタクシーの事例を用いて、ドミナント戦略が価格競争を抑える論理を説明しました。上の事例で、拠点数が少ないB社は、顧客数が少なくなり不利なのではと思われるかもしれません。ですがB社も、A社のドミナント戦略から恩恵を受けているのです。
仮にA社とB社のタクシー運行台数が同じである場合を考えます。この時、A社とB社のタクシーを探すのは、どちらも容易です。確率的には、2台待って入れば1台B社ということになるからです。そのため顧客は待ってでも、より安いタクシー会社を利用するようになります。各社としては、もし自社が価格を下げた時、顧客に待ってもらえるため、容易に顧客を奪えることになります。この時価格弾力性が高くなり、価格競争が起きてしまい、A社とB社の収益は下がってしまうことになります。
サービス提供拠点数に非対称性があるほうが価格競争が和らぎ、拠点数が少ない企業も恩恵を受けることができるのです。
以上より、画期的な仮説が立てられます。それは、「ドミナント企業と競争する、サービス拠点数が相対的に少ない企業としては、拠点数を増やさないほうが収益が大きいかもしれない」というものです。一般的に、商圏ビジネスの成功要因は拠点数と言われています。そのため、二番手の企業としては拠点数を増やして一番手の競合に肉薄していくというような戦略が立てられることが多いでしょう。ですが、この記事で紹介した理論によれば、そのようなことをしてしまうと価格競争が激しくなってしまい収益が減ってしまう可能性があるです。拠点数に非対称性があるほうが、価格競争が和らぐためです。この仮説は、戦略論に影響を与えるものだと考えます。
まとめ
一部の地域に店舗などを集中させるドミナント戦略は、オペレーションの効率化以外に、価格競争の緩和というメリットがあることを紹介しました。自社の店舗や販売拠点が地域内で目立つようにして、競合他社のサービスが目立たないようにする(競合他社サービスについて知るためのサーチコストを大きくする)ことで、競合他社の価格弾力性を小さくし、値下げインセンティブを緩和できるからです。サービス拠点数について、自社と他社とで非対称性を作ることでサーチコストを大きくすることができるのです。この理論を数理的に証明し、唱えた、論文は非常に興味深く画期的で、経営戦略を考えるうえで非常に有用だと思います。
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