株式会社エコノミクス&ストラテジー

チープトークと価格競争

参考論文

Awaya, Y., & Krishna, V. (2016). On communication and collusion. American Economic Review, 106(2), 285–315.


はじめに

2016年に発表された論文『On Communication and Collusion(チープトークと共謀)』は、企業間の「会話(チープトーク)」が価格競争を抑止し、企業間の共謀を可能にすることを明らかにしました。チープトークとは、何も裏付けや根拠のない、情報伝達のことを言います。


過去の実例を見ると、ビタミンやリジン、砂糖精製などの業界におけるカルテルは、定期的に会合を開いていたことが知られています。これらの会合では、需要の状況、コスト、価格、そして売上などについて話し合いが行われていました。

特に重要なのは、カルテルメンバーが互いの共謀合意への遵守状況を監視するために売上データを交換していた点です。一部のカルテルでは、売上データをポケット電卓に入力して回覧し、合計のみを表示することで、他社の個別データを明かさずに市場シェアを確認する仕組みもありました。

しかし、こうした売上データは自己申告であり、検証が難しく、過少報告のインセンティブがあるため、完全な監視は困難です。実際、リジンカルテルでは、味の素が実際の売上を隠していたことが報告されています。

■ 分析の枠組み:Stiglerモデルとチープトーク

本研究は、Stigler(1964年)の秘密の値下げを伴う繰り返し型寡占モデルを基にしています。このモデルでは、企業は他社の価格や売上を観察することができません。そのため、他社が共謀に反して値下げを行ったとしても、それを確実に検知するのが難しいという課題があります。

こうした不完全な監視構造のもとで、Awaya氏とKrishna氏は「チープトーク」と呼ばれる非公式で検証不可能な会話が、企業間の監視を助け、共謀を維持する上で有効に機能することを示しました。

■ 主なメカニズム:報告の一致が協力を維持する

論文では、以下のような戦略的な均衡が構築されています。

  • 各企業は毎期、独占価格を設定します。
  • 売上について「高い」または「低い」といった簡易な報告を相手に伝えます。
  • 両者の報告が一致すれば、協力(=独占価格の維持)を続けます。
  • 報告が一致しない場合は、価格戦争という罰則が発動されます。

このように、売上報告の一致が「信頼」のサインとなり、不一致が「裏切り」のサインとみなされる構造になっており、企業は逸脱行動(こっそりの値下げ)を控えるようになるのです。

重要なのは、こうした報告が検証不可能でありながら、報復の引き金となる「信号」として機能している点です。

■ 実務上の示唆:価格競争の抑止と規制の難しさ

この研究は、以下のような実務的な示唆を提供しています。

  1. 企業間の監視は不完全であり、それを補うためにチープトークが活用されることがあります。
  2. 価格や売上といった情報を直接共有せずとも、簡単な報告や会話を通じて共謀を実現することが可能です。
  3. このような非公式なコミュニケーションは、価格競争を抑制する強力な手段になり得ます。

したがって、独占禁止当局が企業間のすべてのコミュニケーションを禁止することは現実的ではありませんが、こうした「チープトークの共謀機能」を見抜くことは非常に重要です。

■ 結論:チープトークは見過ごせない

一見意味のない会話や検証不可能な報告であっても、実際には市場に大きな影響を与えることがあります。Awaya & Krishna(2016)による本研究は、「会話」がいかに企業間の協調と価格安定を支えるかを理論的に解明しました。

チープトークが価格競争を緩和させるということを紹介するために記事にしましたが、当サイトではこの方法を推奨しておりません。

この記事は役に立ちましたか?

もし参考になりましたら、下記のボタンで教えてください。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。